2011年6月 6日 (月)

言う・言わないの勘所

2週間ほど前の日経新聞スポーツ欄のコラム「スポートピア」に体操女子の日本監督である塚原千恵子さんが「言う・言わないの勘所」と称して、若い選手の育て方についてエッセイを書いていた。

17・8歳の選手の導き方が難しいという話だ。体操のように若いときから選手権に出るような選手はそのモチベーションを長年にわたって保つのが難しいようで、高校までは体操クラブで頑張っていても、高校卒業時にはそのままクラブで体操を続けるかあるいは大学に進学して大学の体操部で頑張るか悩むそうである。

そりゃそうだろうなと思う、誰でも一生体操で食っていけるとは思っていないだろうから、大学くらい行ってみたいとか、あるいは青春を少しは楽しみたいと思っても批難は出来ない。
塚原さんもそう思うから、
「大学に行っても仕方がない、クラブに残った方が良い」と口から出したいのを我慢して、選手や親の判断を尊重して自主性に任せる。すると、多くの選手が大学進学を選択し、結局体操選手としてはだめになってしまう例をたくさん見てきたとのことである。
このあたりが指導者としてつらいところであるが、結局、選手が自分でこうしたい、あうしたいと言うようにならないとだめだというのが彼女の指導理念らしい。

全く同感である。若い人(といっても私の場合は20代・30代のビジネスパーソンであるが)を指導する場合、あうせいこうせいというと必ず後でうまくいかない。本人が納得しないのを無理矢理やらせても、うまくいった場合はまだしも、うまくいかなかった場合に簡単に人のせいにする。うまくいった場合でも学んでくれればいいが、結局は自分の力と過信して、次は失敗してしまう。

およそ人間は自分で納得しない限り、成長しないし、長続きしない。したがって、口を挟むのは本当に最後の最後まで我慢すべきである。あるいは本人が自分で考え始めたところで相談相手になるのが言い。ところが、これがなかなか出来ずに声を出してしまう人は多い。自分もそうだ。
一方で、いつまでも何も指導せずにいれば、これはこれで放任主義となってしまい、うまくいかない。所詮指導者は自分の器の中でしか人は育たないとあきらめて、辛抱強く指導するしかないというのが経験から学んだ私の結論だ。

実は似たような話を以前、キャプテンの唇と称してブログに書いたことがある。興味ある方はこちらをご覧下さい。
http://uchidak.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_79b9.html




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2011年4月 1日 (金)

非常時にリーダーはどう振る舞うべきか

先日のブログ記事「危機のリーダーシップ」をベースに、考え方を少し一般化したものをダイヤモンドオンライン「日本を元気にする新経営学教室」に寄稿しました。

Daimondonlineimage


タイトルは

危機におけるトップのリーダーシップ
非常時にリーダーはどう振る舞うべきか

となっています。

ブログの記事との違いは、「目の前の課題解決の先にある3つの選択肢」と称して、目先の課題解決の向こうにあるものを見据えながら、今の課題に取り組んでいく必要があると謳っている点です。

その3つの選択肢とは

 1つは、今直面している課題を解決すれば、元の状態に戻るので、多少の時間と金は失われるが、また元の世界に戻るという楽観シナリオだ。ちょっとした災害程度であれば、これで済むかもしれないが、今回のような大震災ではあり得ないシナリオだろう。

 2つめは、元通りにはならないが、多少の傷跡あるいは損失は承知で、元のパラダイムに戻すというシナリオである。

  3つめは、せっかくの機会なので ゼロベースから新しい世界を作り直すというシナリオだ。一見3が良さそうだが、これには膨大な費用、すなわちお金がかかる上に、せっかく作った新しい仕組 みがうまくいかないかもしれないリスクが存在する。

それぞれ具体例を挙げて説明しています。

本日より閲覧可能になっていますので、是非ご覧下さい。
上記バナーをクリックするとリンク先に繋がります。

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2011年3月26日 (土)

危機のリーダーシップ(続き)

先日書いた危機のリーダーシップとは別の視点での興味深い記事がありました。3月23日付の朝日新聞社会面の記事です。

今回の大震災でも非常に大きな被害にあった岩手県釜石市では死者・行方不明者が1000名を超えたそうですが、当時学校にいた3000名の小中学生は一人の犠牲者も出さなかったそうです。

たとえば校庭でクラブ活動していた中学生には、誰からともなく「まず逃げろ」という声が上がったという。あるいはある小学校の児童たちはいったんは校舎の3階に逃げたが校庭に中学生が集合しているのを見て、また校庭に集合し、中学生と一緒に1キロも離れた高台の介護施設に逃げたという。ところが、そこにも波が迫っているのに気がつくと、先生の指示を待たずにさらに上を目指して全員助かったという。いくつかのコメント「低学年の子や近くにいたおばあさんとかの手を引きながら、とにかく走りました」、「とにかく高いところへ、ってずっと教わってきたから」

なぜそういう行動を取れたかと言えば、2004年より小中学生に津波の怖さを教えてきたという。それを指導してきた群馬大学教授の片田教授が子供たちに教えた3つのことというのが興味深い。①揺れたら家に向かわず、とにかく逃げろ②ハザードマップを信じず、状況を見て判断すること③そして、人を助けること。

私が興味深いのは、誰か強力なリーダーたとえば校長や教頭の指示だけで今回の避難がなされたわけではないというところにある。新聞記事なので、子供たちの自主性のみが強調されすぎているきらいはあるが、こうした危機の時に子供たちの自主的な行動がそこかしこで行われたという点に素晴らしさがある。

危機においては、上司の指示を待っていたりしたら、打ち手が間に合わない。あるいは自分の身に危害が及ぶ。もちろん、マニュアルを開いて読んでいるようでは手遅れである。

それより、原理原則を知りつつも、最後は自分で見たことをベースにマニュアルに頼らず自主的に判断して行動するというのが危機において自分を守るのに大切なことです。その際、原理原則を知るというのは大事で、それがなければ人間にはある種の帰巣本能が働くと思いますので、釜石の子供たちはみんな自宅を目指して帰ってしまったのではないかと思います。あるいは、高台を目指さす丈夫そうな建物目指してしまったかもしれません。

釜石市の子供たちに比べて、今回の地震に驚いて自分のビルから飛び出してしまった人や、あるいは歩いて家へ帰った人は、だいぶ危機における判断能力が弱いのではないかと心配してしまいます。当然ながら、地震の時には耐震構造のビルの中にいた方が安全に決まっています。

ということで、今日言いたかったことは、危機においては通常の組織における指揮命令系統は何の役にも立たないという前提で、自分の目で現状判断をし、自分の判断で行動するというのが何より大事であるということです。

釜石の小学生からは
1)原理原則の徹底
2)マニュアルを信じ込まずに、状況を見て自分で判断することの重要性
3)指示待ち族ではなく、自分で判断できるメンバーを育てることの大切さ
を学んだ気がします。

子供でも出来るのですから、我々大人が出来ないわけはないと信じています。

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2011年3月22日 (火)

危機のリーダー

日本が大事な時期に長期に海外に出てまして、ブログの更新を怠ってしまいました(反省)。地震の時も日本にいなかったため、何となく申し訳ない感じです。

さて、前置きはこれくらいにして、今回の震災におけるリーダーシップについて一言。

昨日3月21日付の朝日新聞に掲載されていた、宮城県と岩手県でそれぞれ壊滅的打撃を受けた2つの自治体の首長インタビュー、宮城県南三陸町町長と岩手県陸前高田市の市長。どちらの首長も良い受け答えをしていますが、南三陸町の佐藤町長が特に素晴らしい。尊敬します。

彼が何を言っているかと言えば、まず今の緊急事態をどうしたら良いかについて語っています。たとえば「物資はいくらあってもいい」とか、あるいは「避難所にいる人だけが困っているわけではなく、幸い自宅が無事で自宅にいられる人間も買い物に行けずに困っている点では避難民であるから保護する必要がある。そういう人に物資や食料が行くように配慮しないとだめである。」しかし、こうした受け答えは、ちょっと優れたリーダーなら出来るだろう。この後に言っていることがふるっている。
「ありがたいのは避難所ごとに自治組織が出来、そこでそれぞれのリーダーがいて自主的に行動してくれている。役所はそのサポート役で良い。これまで行政ではなく、住民全体で街作りをしてきたのでこういう人たちがうまくやってくれている。」

さらには「町の再生は難しい。それは津波に流された更地をもう一度区画整理しても、もう低地にすむのが嫌だと言って、そこに人が戻ってこなければ町は再生しない。
道路や建物、インフラなどのハードの部分はお金をかければやれます。でも、こういう災害を受けて、なお、ここに住むかどうかという心の問題は、私たちではどうしようもないところがあります。」
「町外、県外に出ようとする住民も出てくる。その受け入れ先も探さないといけない。」
自分の町を出て行く人の世話まで見るというのは結構つらい話だが、彼はそれを自分の仕事として受け止めている。
日本のリーダーは、日本には将来がないと出て行ってしまう人まで考えた日本の国作りをやっているのだろかと、ふと思う私です。

このように緊急時にあって、将来を見据えたことを考えられるリーダーはそうはいません。普通は目の前に起きたことにどう対処するかに精一杯で、後先考えずに行動してしまうからです。

だからといって、佐藤町長が今起きていることから逃げているかと言えば、それは違います。彼は「今職員がやっていることは避難所対策だけだ」と言っているように、少ない職員(36名も行方不明)でやれることは何か、やるべきことは何かも考えています。

最後に、「起きてしまったことはしょうがない。この現実からは逃れられません。でも、後ろは向きたくない。私が前を見なかったら、町民の皆さんも前を見られない。前を見るしかないんです。」とインタビューを締めくくっている。

感動したと同時に、彼がいるのなら、南三陸町は再生できると信じた。

ちなみに佐藤町長は高校野球の甲子園でベストエイトまで行ったことがあるスポーツマンだ。今回も3階建ての役所の屋上で、それを超えてきた波にさらわれかろうじて手すりにつかまって難を逃れたという。頭の上を水が3分間近く通っていったという。

ここから先はおまけのような話だが、私の考えを述べておく。
言うまでもなく危機におけるリーダーシップで大事なことは、まず今起きている火を消すことだ。これは言うのは簡単でも実際には難しい。福島原発を見れば、それはわかる。何が起きているかは把握できるのに、なかなか解決できない。

しかし、一方で当面の問題を解決した後に何が起きるのか、その新しい課題をどう解決したら良いかの判断だ。新しい組織や仕組みを作るにはビジョンが必要だ。それを見通す先見性が求められる。それなしに今起きている問題を解決しようとすると、後からこうしておけば良かったと悔やむことになる。

今回の大地震については、今起きている被害をどうマネジし、あるいは拡大をどう防ぐか、これは枝野さんの仕事だろう。一方で、震災後の被災地あるいは東北地方太平洋沿岸、あるいは福島県の原子力発電所周辺をどうしていくのか、さらには日本経済全体をどう立て直していくかを考えるのは首相の仕事だろう。後者が全く見えてこないのは寂しい気がする。

私は個人的な意見として、危機は必ず来る、あるいはトラブルは防ぎようがない。したがって、起きないようにすることに全力を注ぐのではなく、起きてしまった後にどうしたらよいのかをあらかじめ想定しておくことが大事だ。これには「起きうるリスクはすべて想定して、対策を講じておくべきだ」という異論があることは百も承知だ。しかし、どんなに防止策を講じても、それを凌ぐ自然災害は起こるし、人災も起こる。また、防止策にはコストがかかる。

それより、起こりうるリスクを想定して、起きた場合の対策の考えておけば、何も考えておかなかったよりは、遙かにましな対応が出来る。それが人間の優れている点だと思う。

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2010年4月20日 (火)

30倍売る方法

昨日のカンブリア宮殿のゲストは、舞茸の養殖で市場シェア50%、その他のキノコや野菜を含めた売上が270億円という雪国まいたけの社長大平喜信(おおだいらよしのぶ)氏だった。

大平氏は不可能と言われていた舞茸の養殖に成功し、それを工場生産化することで生産量を飛躍的に伸ばし、かつ価格を大手が算入しても太刀打ちできないところまで下げることで圧倒的なシェアを築いて成功した経営者だそうだ。

しかし、私が感心したのはそのことではない。彼は舞茸の成功に安住することなく、常に新しいことにチャンレンジしていることだ。現在は松茸の養殖にチャレンジしているらしい。

さて、その彼がキノコだけでなく他の野菜も含めた1-2人用のカット野菜のパック販売に取り組んでいる姿勢が印象的だった。肉や魚が細かくされて販売されているのに野菜だけが未だに大根一本、キャベツが一つあるいは半分単位で売られているのは消費者の真のニーズに応えていない。そこで、それらの野菜をあらかじめ数種類混ぜた上で、細かくカットして売れば、1-2人用の家庭ではムダが出ないのではないか。そして、それを一パック100円で売る。そうすれば消費者も余分なコストを払わなくて済む。ここまでは通常の経営者でも考えるかも知れない。

その後の話が興味深い。現在カット野菜は既に毎月6万パック売れており、シェア一番になったそうであるが、大平氏はまったく満足していない。役員会で月200万パック売る方法を考えろと言う。
彼によれば、そこで月10万売れと言うと今までの延長上の当たり前の策しかでてこない。ところが200万と言えば、今までとはまったく違う発想が出てくるという。たとえば広告費を50億円使いたいとか、営業マンを100人雇いたいとか言い出す。そうして経営の選択肢が広がるという。そうなれば、いろいろな戦略が浮かんでくる、そしてその中から、ビジネスとして一番いいのが月100万パックの販売なのか、30万パックなのか考えていけばよい。素晴らしい発想だ。

これは企業がコスト削減に取り組む場合にもまったく同じことが言える。前期に比べて2割コストを下げろと言うと、これまでの原価低減の延長上でものを考える、部品メーカーを叩いて仕入れ価格を下げるとか、工場の無駄をなくして間接経費を減らそうとか言う発想である。結果として1割くらいのコスト削減に落ち着く。
それに対して、コストを半分にしようとなると、これまでの延長上ではまったく歯が立たない。結局、設計から見直して部品点数を半減させたり、あるいはこれまでとはまったく異なる素材を使うとか、従来の取引先ではなくBRICSのメーカーから仕入れるとか、発想の転換が必要になる。

ここまで書いてきて、自分の経験を思い出した。BCGでも今から10数年前には中途採用のコンサルタントは年6-7名しか採用していなかった。アメリカのトップスクールに留学しているMBA正の数から考えても順当な数だった。しかし、組織が成長するにつれてそれではとても足りなくなってきた。そこで採用の責任者だった私は中途コンサルタントを毎年20名採る方法を考えろと言って担当者をあきれさせたことがあった。
しかし、その結果今までのアメリカのビジネスクール一辺倒の採用方法から、多様なルートを開発して様々な人材を採れるようになり、今では中途だけでも優に20名以上の人材を採用している。
ちなみに私が入社した80年代半ばでは毎年1-2名しか中途採用していなかった。

人間も企業も時にはジャンプが必要である。

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2009年10月27日 (火)

経営者の意思決定

今月の私の履歴書は、帝人の元社長の安居祥策さんだ。
本日(10月26日)の話は経営者を長くやっていると、下からの情報が上がってこなくなるから危険だという話でした。そのため彼は、役員会でみんなに意見を言わせたり、アドバイザリーボードを作ったりしたと書いてありました。
でも私の話したい話はこれではありません。
社長になると話が入ってこなくなるというくだりで、彼はこう書いてました。
「経営者は情報量が3割しかない段階で決断しなければならない。5割になるのを待っていたら遅い」
これがまさに経営の本質あるいはもっといえば経営者の孤独な意思決定の本質です。
私も常々、情報が揃うまで待って意思決定したのでは遅い。今ある情報で、どれだけ優れた意思決定が出来るかが経営者に求められる要素であり、これは訓練で高めることが出来ると言っています。全く同じ話を安居さんがしているのを読んでうれしくなりました。
ただし、安居さんはだから独りよがりにならないように、人の意見を聞こうと続けます。私はそうではなくて、3割の情報でも企業(組織)にとって、優れた意思決定が出来るためには仮説思考が大事であるとつなげます。
でも、本質は同じだと思っています。みんながなるほどと納得するような案は既に”Too late”です。だからといって、未来のことはどうせ分からないのだからと、当てずっぽうに物事を決めるのも経営者失格です。どうやって、意思決定の質を高めるか、これこそが良いリーダーになるためのカギでしょう。

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2009年3月23日 (月)

散るぞ悲しき

弁護士の中島茂先生お薦めの梯(かけはし)久美子さん著「散るぞ悲しき」をようやく読むことが出来た。中島先生がリーダーシップの鏡と言うだけあって、大変参考になる中身でした。
散るぞ悲しきは第二次世界大戦末期に硫黄島玉砕時の現地司令官だった栗林忠道中将の生き様と硫黄島玉砕の話を語ったノンフィクションだ。詳細は本書に譲るとして、いつものように私が気に入った部分だけを取り上げてみよう。

栗林中将は負けると分かっている硫黄島の戦いの中で、日本軍に共通の戦法「死を前提として一斉に突っ込んでいく突撃」を一切許さなかった。それは梯氏によると、「硫黄島における戦いの目的が一日でも長く持ちこたえて米軍の日本本土襲撃を遅らせることである」と栗林氏が理解していたせいだという。そうなると、一斉に突撃して死んでしまっては元も子もない、一日でも長く戦闘を続けさせるためには無駄に死んではならないという考え方だったという。要するにきわめて合理的な考えの基に戦略を構築し、それの実行を部下に強いたのだ。

さらに、島を守る陸軍の戦い方に対しても、従来の日本陸軍の水際で迎え撃つ作戦を否定し、島の奥に籠もって戦うゲリラ戦を主体とした。これも水際作戦は彼我の戦力差があまりないときに有効だが、圧倒的に戦力とりわけ火力で劣るときには却って早期全滅を招くという考え方から来ている。こうした従来と異なる戦略を考え出した背景には現場を詳細に観察し、現状分析の元に最も有効な戦略を考えるという合理性があったのだ。そのためには当時の大本営の大方針する否定して、自分の信念を貫いた。
それについて、梯氏は「観察するに細心で、実行するに大胆というのが栗林の本領である。彼はものごとを実に細かく"見る人"であった。定石や先例を鵜呑みにせず、現場に立って自分の目で確かめるという態度をつらぬいた。」と語る。
これはまさにクラウゼヴィッツの戦争論に通じる話だ。クラウゼヴィッツは戦争のリーダーは先見性、勇気に加えて、現場に通じていないといけないと言っている。

本当は負けると分かっている戦で部下を2万人も死なせることなく、全面降伏したかったのだろうなと思いつつ、本書を読み終えた。

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2008年12月 7日 (日)

優れたリーダーは感情へ働きかける

11月始めの大隈塾のゲストスピーカーは伊藤忠会長の丹羽宇一郎氏だった。
丹羽氏は伊藤忠を立て直しただけでなく、日本のオピニオンリーダーとして多方面で活躍中だ。

その丹羽氏が早稲田ビジネススクールの学生たちにリーダーシップについて語ってくれたのであるが、学生にとっては至極の講演だったと思う。ただし、彼らがどこまでそれをくみ取ってくれたかは・・・。

丹羽さんの話の中で、いくつか印象に残った言葉を上げてみると、
今回のアメリカの金融危機は、金融機関の経営者が他人の言葉や情報を鵜呑みにして意思決定したのがいけない。経営者は一次情報に基づいて、自分の常識を働かせて判断しないといけないと言っていた。同感である。

阪神が巨人に13ゲーム差を逆転されたことを引き合いに出して、リーダーシップにおける精神や気力の重要性を説いていた。また、優れたリーダーは感情へ働きかけることで、共鳴の波長を創り出すことにあるとも言っていた。おもしろい。またノーベル賞を受賞した小柴さんの言葉を引用しながら、経営者は常に問題意識を持ち続けて、昼夜考え抜くことが大事で、そのためには昼間は知性と理性を働かせ、夜は感性と直感を働かせるのだそうだ。私がスパークする思考で言っていることに極めて近いので、驚いた。

さらにトップには自信がなくてはならないが、その自信は「狂いに似た確信」であると断定していた。

学生からのリーダーになるためには我々は何を学ぶべきか、あるいはどうしたらよいのかという学生からに質問には、
最初の10年で底力をつけ、次の10年で自分の仕事を徹底的に勉強し、最後の10年で人間を知ると答えていた。良いこと言うな。したがって最初の10年は死ぬ気で働くことが大事とも言っていたが、今時こう言うことをはっきり言ってくれる経営者は珍しいので、とてもうれしい。

丹羽さんは自社の経営以外にも政府の委員などをたくさんやっているが、それとは別にボランティアで世界食糧計画(WFP)を通じて恵まれない人々への食糧支援活動をサポートしている。

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2008年11月12日 (水)

周波を拾う

元Jリーガーでテレビのサッカー解説者などを経て、現在筑波大学のサッカー部監督をやっている風間八宏氏が、11月11日付の日経新聞のスポートピアというスポーツコラムになかなか良いことを書いていた。
「自分変える勇気を」と題して、自分が監督に就任してから、どのように大学生を指導してきたかという文章である。
本来ならもっと若いときに基礎鍛錬を施すべきだったのに、大学に至るまでそうした訓練を十分に経てこなかった若者が大学に入ってから変身できるのかという命題である。
彼に言わせると規律で縛るのではなく、自由の中で自分をどうつかみ取っていくかを説いたようで、結果として横並びの列に優劣が生じるようになり、個性が不揃いに分かれていったという。要するに大学に入ってからでも遅くなかったと言っているのである。
さらに、「規律とは自由の中にあるもの。あまりに自由で手がかりの少ないピッチの上で、自分の輪郭を縁取るもの。つまり"自律"であり、これを定めたものは勝手に伸びていく。」と記している。名言である。

そうした文章の中で私のアンテナ(最近書いたスパークする思考風に言えば「問題意識」)に引っ掛かったのが以下の文章である。
「本当はもっといたのではないか、彼らの発する周波を私が拾えなかったのではないかと不安にもなる。若者の夢を見る力の不足を平素から案じていたが、大人の作った社会にも彼らがいる以上、この命題は私たち大人に跳ね返ってくる。」
こうした考えを持って若者を指導する大人がいる以上、日本の指導者も捨てたものではないなと思った。自分もそうありたい。

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2008年9月 2日 (火)

リーダーの引き際(2)

ちょっと日本を離れている間に、政治が更におかしくなっているようですね。というより、リーダーの資質が問われているといった方がよいのかも知れません。

私はリーダー(特に経営者を意識していますが)の重要な役割に後継者を選ぶことあるいは養成することを上げています。興味のある方は以前掲載した「管鮑の交わり」のコラムを参考にしてください。
http://uchidak.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_a3b3.html
日本企業が直面している多くの課題はここにあると思っています。それは以前と同じようなやり方で、これまでと同じようなタイプの後継者を指名したのでは会社はうまくいかないと言うことに他なりません。そのために私は経営者育成に力を入れているのです。
ちなみに、後継者育成という視点では、安倍首相を選んでしまった小泉首相は良いリーダーだったとは言えないと思います。ただし、今日の本題はこちらではありません。

リーダーに求められる資質にはいろいろあると思いますが、資質とは別の次元で、リーダーにとって非常に難しい意思決定が自分の引き際だとも思っています。これについても以前書いた「リーダーの引き際」というコラムがあるので参照してください。
http://uchidak.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_8e46.html
世界一に何度も輝いたアニカ・ソレンスタムが今年いっぱいで引退するのも、そこに引用してる村口プロと同様な理由ではないかかと思っています。

しかし、組織のリーダーとプロ選手の最大の違いは組織を預かっていることの重要性&重みです。組織のリーダーのやめ方については、実は個人的な美学があるのですが、それはまたの機会にするとしても、今回の福田さんにはちょっとびっくりしてしまいました。前任の安倍さんが途中で政権を投げ出して自民党は国民からの信任をなくしたのですから、そのことを踏まえればどんなに醜態をさらしてもみんなからやめろコールが起きるまではやり続けるべきだったと思います。それに耐えられないというのなら、安倍さんの後任を引き受けるべきではなかったと思います。死者にむち打つようで申し訳ないのですが、リーダーというのはそれだけの責任を持つべきですし、社員の生活(人生)を預かっているのですから。(首相の場合はもっと大切な国と国民の将来ですね。)

この脈絡で言うと、何か不祥事が起きたときにトップが責任をとってやめるというのも、いかがなものかなと思っています。要するに組織が良くなるためにリーダーとして何をなすべきかが大事なのであって、社会の評判や個人の名誉は二の次になると思うのです。そういう意味で、つまらない些細なことでも辞任を要求するマスコミはバカだと思っています。

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