昨日のイチローの記事に、Jさんから大変興味深いコメントが寄せられた。
詳細はコメント欄を見てもらうとして、それに触発されたのが今日のテーマだ。
Jさんのコメントを私なりに解釈すれば、イチローは一選手としては優秀かもしれないが、野球がチームプレーであることを忘れて個人主義に走りすぎているが故にアメリカのファンの間ではすごいな(impressive)とは思われても、尊敬(respect)はされないのだという。
なるほどと思う反面、それは悪いことなのかという疑問も浮かんできた。
日本を飛び出て海外で活躍した選手は多かれ少なかれ、似たタイプが多い。サッカーの中田英寿がそのタイプだし、古くは野茂もそうだったと思う。
以前私が書いた本の中に、これからの組織における働き方を銀行ギャング団方式として提唱したことがあった。少し長いが引用しよう。
実力がすべての銀行ギャング団方式
プロフェッショナルの能力を活かし、やる気を育てる仕組みの一例として「銀行ギャング団方式」を提唱したい。
銀行ギャングを成功させるためには、いくつかの条件がある。まずは特定分野の専門家を集めなければならない。例えば、金庫を開ける係、爆破係、運転手、セキュリティシステムの専門家、拳銃などの武器を使える人間などである。ボスになる人間は、これらの分野の専門家をどこからか集めてこなければならない。加えて、個性派の彼らを目的のために協力し合うようにし向けなければならない。
もし金庫を開けることが、銀行ギャング成功のために最も重要であるならば、ボスより年上であろうが嫌なヤツであろうが、もっともスキルのある人間を選ばなければ成功の確率は下がる。目的を達成した場合には仕事の難しさや貢献度に応じて報酬を払わなければならない。そして銀行ギャングが成功した暁には、ボスではなく金庫を開けた人間が最高の報酬を受け取ることさえ十分あり得る。
要するに与えられたミッション、あるいは自ら設定したミッションの遂行にふさわしいチームフォーメーションを取ることが重要であり、今までのような年功や地位でメンバーを選ぶよりも、スキルとプロ意識でメンバーを選ぶと言うことである。(内田和成「eエコノミーの企業戦略」、PHP社、2000)
要するに変わり者でも、組織のミッション達成のために必要な人間であれば、そいつを使いこなす必要があるし、リーダーにはそれだけの力量・度量が求められるという話だ。
イチローがマリナーズにとって果たしてそういう存在なのかどうかは私にはよく分からない。しかし、彼は私が上に定義したところの仕事請負人としては一流であることは間違いない。
しかし、日本ハムを一年で日本一に導いた新庄剛のような求心力がないことはJさんの言うとおりであろう。新庄は記録だけ取れば平凡であるが、何か人をその気にさせるものを持っているのだろう。しかし、それが人の上に立つリーダーに向いた資質かというとまた別のものであろう。
例えば、現役時代の落合は今のイチロー以上にチームプレーヤーではなかった。
ところが、その落合がリーダーとしては、きわめて成功しているのだから、人生は分からないというのが正直な感想だ。
少し脱線しましたが、真のプロとは、あるいはそのプロを束ねるチームプレイとは、あるいはそのリーダーの資質とはについて大いに考えさせられるJさんの投げかけでした。
皆さんの声をお聞かせください。
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