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2008年2月26日 (火)

マイノリティ

昨日、BCG時代のグローバルコミッティーのメンバーが来日し、一緒に会食をした。
チェア(議長)がフランス人、そのほかのメンバーがドイツ人、オランダ人、アメリカ人2人、それにニュージーランド人というユニークな構成だ。

私はBCGのパートナーを辞めているので、コミッティーにはもはや関係ないのであるが、昔の仲間と言うことで食事に呼んでくれた。うれしいことである。

その席で、アメリカのマイノリティー(黒人、ヒスパニックなど)の社会進出、あるいは企業における女性の活用を助けるために、国としてあるいは企業として仕組み・仕掛けが必要かという話になった。
弱者救済と言うことで誰彼にもサポートの仕組みを作っていったら、かえって逆差別(例えば白人で能力のある人が黒人で能力の劣る人に比べて損をしてしまうと言うこと)になってしまうのではないかと言うことで、私とヨーロッパの一人は、自由競争で良いのではないかと言う意見を言った。
ところがアメリカ人が逆に、クリティカルマスに達するまでは、誰かがケアしてやらないといけないと言う。なぜかと言えば、今のアメリカにはマイノリティの人にとってのロールモデル(お手本)があまりに少なすぎるからだという。そのため、放っておくと本来持っている能力をいつまでも適切に活かすことが出来ず、結果として社会や企業の損だというのである。
したがって、それまでは仕組み化してサポートしていく必要があるという主張である。

日本では、国の人口が減っていく以上、女性の活用はおろか、高齢者も労働力として活用していかなければ日本の将来はない。もちろん、移民を何百万単位で入れるという手もあるが、日本の国民がそんな大胆な意思決定るを出来るわけがない。
だとすれば、国はもちろんのこと、企業も女性や老人の活用を自ら率先して行わなければ、競争に勝ち残れないと言うことになると思っている。まさに適合できない企業は滅びるで良いではないかというのが私の考えである。
それを国が一律ルール化して、社会や企業に押しつけることには個人的には抵抗が大きい。

国によって、置かれている環境も異なれば、何がメジャーで何がマイナーかも異なるので、アメリカ流のやり方がそのまま日本に持ち込まれてもどうなのかという思いもある。
でも、それが世の中の流れなんだろうな。

実は、もっと先を行った議論で、レズビアンやゲイやバイセクシャル、性転換者(略してLGBTと呼ぶ)をいかに活用する(もっと生き生きと働いてもらうという意味を含む)というのがアメリカでは大きなテーマになっているという話もあったのだが、こちらは私にはあまりにも未知の世界なので、またの機会としたい。

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