« ぶれない経営 | トップページ | 味のプロフェッショナル »

2008年1月22日 (火)

“Tata”ショック

インドでもっとも成功している日本企業がスズキ自動車であることはよく知られている。元々は政府との合弁企業で、道中いろいろあったが現在はスズキが主導権を取って経営を行い、インドの自動車市場で50%近いシェアを誇っている。
今日は、そのスズキの成功物語を言いたいわけではない。逆にスズキも気をつけないと大変なリスクにさらされているという話だ。

今月10日に、以前から噂のあったインド地元企業による国産低価格車がいよいよ正式に発表された。タタ(Tata)財閥系のタタ自動車によるNanoと呼ばれる People's car だ。日本に昔スバル360という名車があったが、それを思い出せるシェイプだ。

http://www.just-auto.com/articleimagelist.aspx?ID=93532

価格は驚きの1台10万ルピー(ドルで言うと2500ドル、日本円なら27万円だ)。スズキの最量販車のマルチと比べて半値だという。日本では軽自動車でも80万円は優にするから、およそ1/3の価格である。

私の問題意識は、自動車においてもイノベーターズジレンマがインドをはじめとする新興国で起きるのかどうかと言うことである。
最初に作られた2500ドルカーは、既に自動車に乗っていたり、買いたいと思っていた人を満足させることが出来ないとしても、何でも良いからあるいは中古車でも良いから自動車が欲しいという人やバイクからのステップアップを考える人には十分な性能なのかもしれない。
そうなると日本メーカーのように日米欧を中心とした成熟市場で高品質でリーズナブルな価格の車を売ってきたメーカーにはチャレンジが訪れるのであろう。あたかも、ビッグスリーが70年代から80年代にかけて、小さくておもちゃみたいな日本車を「あんなものは車ではない、ガソリン代が下がればやがて我々の作っている大型車の時代が戻ってくる」と思っているうちにアメリカ市場を日本車に席巻されてしまったのと同じことが起きるのかもしれない。

一方で、この車はこれまでの日本車のような「すりあわせ技術」で精緻に組み立てられるようなものではなく、おもちゃのレゴ・ブロックのように定格の部品を組み合わせて作られると考えられている。
これは、電機製品で言えばPCに近い。PCメーカーは世界中からもっとも安い部品(標準部品)を探してきて、それを組み合わせて生産するだけで、組み立て時間は1台10分にも満たない。
その点から見れば、この車は生産革命をもたらす車とも言える。

こんなことを書いていたら、昔アメリカのパソコンメーカーのコンパック(現在はHPに吸収されてしまった)が日本市場に参入してきたときに、破壊的低価格で来たためにコンパックショックと呼ばれ、それまで日本市場でガリバーだったNECが大打撃を被ったことを思い出した。

世界の自動車メーカーにとって、この話が将来タタ・ショックと語り継がれることがないように祈っている。

|

« ぶれない経営 | トップページ | 味のプロフェッショナル »

コメント

返信ありがとうございます。
『ネクスト・マーケット』さっそく探して読んでみたいと思います。
卒業間近になってこの様に内田先生と意見を交換できる場を知ったことは、幸運であると同時に少し残念です(笑)
これからもちょくちょく拝見させていただきたく思っておりますので、よろしくお願いします。

投稿: bell | 2008年1月31日 (木) 00時08分

bellさんへ

コメントありがとうございます。
このタタの件は、いろいろな意見が出て楽しいですね。

電気自動車については、残念ながらあまり詳しくないのですが、日本では思ったほど普及していませんね。デンソーとかアイシンを訪問すると構内を走り回っていたりしますが、公道ではほとんど見ないですね。
こうした電気自動車でブレークスルーが出るのかは分かりませんが、オートバイメーカーから見ればおもちゃと思っていた自転車にモーターをつけて坂道を楽に上れる電動自転車は結構売れましたよね。
それと似たように、ある特定のセグメントで電気自動車がブレークする可能性はあると思います。しかし、ガソリンエンジン車をリプレイスするかどうかは分かりません。そうなったら夢があって良いですね。
それより、一番興味を持った質問は中国やインドで先進国をあっと言わすイノベーションが起きるのかという質問です。私の答はもちろんイエスです。しかし、そのイノベーションが自動車で起きるのか、エレクトロニクスで起きるのか、ソフトウエアなのかは分かりません。
しかし今年ノーベル賞を取ったグラミン銀行で有名になったマイクロファイナンスがバングラデシュという発展途上国で起こったことに象徴されるように、発展途上国だから起きるイノベーションがあると思います。
もし、プラハラードのネクスト・マーケットをまだ読んでいないようでしたら、読まれると発展途上国ならではのイノベーションの事例が満載です。いくつかは先進国にバックファイアするのではないでしょうか。

投稿: 内田和成 | 2008年1月30日 (水) 17時06分

はじめて拝読させていただきました。内田先生が教鞭をとられている大学の四年生です。
卒業論文にてトヨタがインドの低価格自動車・中国の低価格な電気自動車によってイノベーションのジレンマに陥り、やがて衰退していくのではないかという旨のものを書いたので、記事を見たとき一気にアドレナリンが分泌され書き込みをさせていただいた次第であります。
私も就職先が自動車メーカーなので、これがタタ・ショックとならないよう祈りたいのですが、もうひとつ、気になる動きとして中国の電気自動車があるのではないかと思っています。
トヨタはハイブリッド車の先に究極のエコカーとして燃料電池車を見据えているようですが、それはイノベーションのジレンマで言う「満足度過剰」に陥ってしまうのではないかと考えるからです。中国はガソリン車では追いつくことが困難なので、電気自動車を国策として後押しし、自動車の“家電化”でのしあがろうと考えているようです。一般の電気自動車は性能的にはまだ劣るようですが、構造自体は単純で電池の価格が下がれば低価格で量産できるといわれています。また、性能を極限まで高めた電気自動車(慶応大学教授の作成したEliica)はガソリン車よりも性能がいいという結果も出ているそうです。トヨタはインドの低価格自動車に加え、電気自動車にもあまり興味を示していないようです。
フォードのもたらした生産革命と時を同じくしてアメリカが繁栄し、トヨタ生産方式の確立と時を同じくして日本は奇跡的な経済成長を遂げたことを見ても、次の世界経済のメインプレイヤーとして目されるインド・中国にまた新たな破壊をもたらすイノベーションが起こると考えるのは不自然でしょうか。
内田先生はどのようにお考えですか?

投稿: bell | 2008年1月30日 (水) 14時58分

KMさんへ

その通りです。インドのタタも、元々は鉄鋼メーカーで自動車とは縁もゆかりもないところでしたが、自動車に進出して成功しています。
何か昔のPCに似ていますね。
今のPCメーカーで残っているところで、昔からコンピュータや電機製品を作っていたところは、ノートブックの東芝くらいかも知れません。DELLもHP(旧コンパック)もコンピュータは作っていませんでした。エイサーもLenovoもしかりです。(グローバルの主要プレーヤーという意味です。日本のNECや富士通はグローバルでは全く売れていません)。

自動車に話を戻すと、私が密かに注目しているのは二輪車メーカーです。もちろん日本の二輪車メーカーはホンダやスズキが既に四輪車を作っていますので、アジアの二輪車メーカーがこれまでの自動車とは全く違う作り方で自動車生産に乗り出してくるのではないかと思っています。

投稿: 内田和成 | 2008年1月27日 (日) 23時23分

崔さんへ

自動車が部品ないしはモジュールを組み合わせるだけで出来るようになるかは大変興味深いテーマです。
自動車メーカーの人は自動車はPCと違って複雑で高度な技術を要するので、モジュールの組み合わせだけでは難しいと主張しています。すりあわせ技術が重要だといっています。
私は、自動車も部品やモジュールの組み合わせできるようになると思っていますが、どちらが正解は分かりません。
さて、崔さんの疑問の高級車がモジュール化で安くできるようになり、価格競争になるかどうかですか。2つの点でまだ当面は難しいかなと思っています。一つは、高級車というのは単に良いものということでなく、ブランドの持つステータスというものがあり、競合がいくら良いものを作ってもそう簡単には追いつかないのです。
昔、ホンダが和製フェラーリと言われるNSXを遙かに低価格で作りましたが、売れませんでした。
二つ目のポイントは、モジュール化で生産可能な車は、当面は基本的な性能を満たすだけの低価格帯の車に限られるだろうということです。レクサスやベンツに匹敵するような車(すなわち静粛性や操縦性能、各部品のカチッとした作りなど)をつくるのにはやはりすりあわせ技術がいるのではないかと思います。

投稿: 内田和成 | 2008年1月27日 (日) 23時18分

いつも拝読しています。
今日のブログの件、自動車の製造がインテグラル型からモジュラー型になってしまうなどと考えたことがなかったのは、私もすっかりイノベータのジレンマに陥ってしまっていると思い、目から鱗でした。
そうなると、PCのような組み立て型の自動車も大いに市場投入されるわけで、新規参入を狙っている人たちもいるのだと思います。内田先生のお考えはいかがでしょうか。

投稿: KM | 2008年1月24日 (木) 01時41分

Tataの軽自動車については、中国でもあるビジネスマガジンには以下の内容が載っています。

「...もっと気をつけなければならないなのは、Tataのこの超低コストで車を作るエンジニアリングプロセス(engeneering process)が中級車ひいては高級車(luxury vehicle)の生産プロセスにも使えることである。」(中国語から翻訳)

source:http://www.gemag.com.cn/gemag/new/Article_content.asp?D_ID=4264

もし本当にそうであれば、Ford Motorから高級車ブランド JaguarとLand Roverを手に入れる可能性が高いTataは、上記のブランドを入手できたら、高級車市場でシェアアップを目指し価格戦争を起こす可能性が高いでしょう。

現在、高級車ブランドを持っている自動車メーカーもその価格戦争に負けないように対応策を考え、打ち手を出す必要があるでしょう。

内田先生のご意見はどうでしょうか。

投稿: 崔 | 2008年1月23日 (水) 00時11分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: “Tata”ショック:

« ぶれない経営 | トップページ | 味のプロフェッショナル »