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2007年11月 7日 (水)

大局観

先日、テレビを見ているときだったと思うが、将棋では大局観が必要だという話の中で、実は大局観というのは勝負の序盤、中盤、終盤で違うことを指すという話におもわずハッとした。

そこで語られていた大局観とは、例えば中盤では、今は攻めるべき時なのか、あるいは守るべき時なのかを判断するのが、大局観になるそうだ。
それに対して、序盤では形勢を有利にするにはどの当たりに着手するのがよいのか、あるいはどんな陣形で臨むべきかなどがそれに当たるのだろう。一方で、終盤では自分の王様に詰みがあるのかないのか、あるいは逆に敵に詰みがあるのかないのかを判断するのがそれに当たるに違いない。

言われてみれば当たり前の話であるが、大局観というものを常時固定して考えていた私には目から鱗の話だった。私は将棋はしないので、よく知っている囲碁にたとえれば、大局観というのを対局当初から終局まで変わらない大所高所からのものの見方であり、ぶれないものと思っていた。要するにこの勝負をどのような勝負にしようかというようなもので、いわば大局観というよりは対局観のようなものであった。

しかし、考えてみれば、実際に仕事をする上では、場合場合で大局観を使い分けていたような気もする。
例えばコンサルティングの初期においては、いったい何が論点(すなわち解決すべき課題)で、さらに落とし所(答、仮説)は何かを考える。これが大局観であろう。
ところが仕事が始まってからは、この答は合っているのか、あるいはその問題を解くためにどんな作業をすればよいのか、あるいは効率的かを考えることが重要になる。これもその段階での大局観的なものの見方と言うことになろう。
さらに、仕事の終わりの段階になれば、その答をどうやって証明しきるのか、あるいは顧客はどうしたら納得してくれるのか、さらには実際に企業の現場で実行してもらうにはどうしたらよいのかを考える。これもまた大局観からの見方と言うことになろう。

もちろん大局観というのは、従来通りに仕事全体を全体をどう捉えるかという定義でも良いと思うが、場合にはよっては仕事のステージに応じて大局観の軸足を変えてもよいかなと思った次第である。
皆さんにとっての大局観とはどんなものであろうか?

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