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2007年5月21日 (月)

消費者主権主義

今から7年ほど前の2000年初頭の「企業経営」という冊子に、「eコマースの本質は消費者主権主義」というタイトルの小論文を書いた。最近になってますますこのことが重要になってきている気がする。それはWeb2.0の普及である。

そのことに言及する前に、まず私の主張する消費者主権主義が何を意味するかを説明しておこう。私はインターネットが普及した結果、もっとも変わったのは何かというと、情報の主権が大企業・政府・大学といった権力・権威を持つ組織から、個人・消費者・零細企業といった一般大衆に移ったことだと思っている。
たとえば、インターネット普及以前でも大企業であれば、海外の企業と取引しようとしたときに、付き合いのある商社、自分の取引銀行あるいは調査会社などを通じてアメリカの企業に渡りをつけてもらったり、市場規模がどれくらいあって、どんな市場構造になっているかなどを調べることは比較的簡単だった。一方で、一個人や零細企業がアメリカの企業と直接コンタクトを取ってビジネスをすることなど想像を絶するほど大変なことだった。仮に調べてくれるところがあったとしても、一個人や零細企業では負担しきれないほどコストがかかった。
ところがインターネットが普及した結果、一個人や消費者でもグーグルやヤフーを使えば、簡単にアメリカにどんな企業があるか、あるいはその企業がどんな業績でどんな経営をやっているか、さらには取引先からどう見られている釜でほぼ無料で調べることが出来る。このように、大企業(含む政府・大学)と個人(含む零細企業)の間の情報格差が革命的に縮まったのがインターネットの効果である。そして情報活動の主役が個人・消費者に移ったことを消費者主権主義と呼んだわけである。

この傾向は、その後強くなることはあっても弱まることはなかったが、最近になってさらに変質を遂げてきた気がする。というのは、私が消費者主権主義を唱えた頃は、情報主権の意味を情報収集や検索に重きを置いて考えていた。ところが、最近の傾向(特にWeb2.0と呼ばれるもの)を見ると、単なる受け身の情報操作だけでなく、一般大衆が情報発信という武器を手にしたことで社会そのものが変質しつつあるように思える。具体的にはYouTube、MySpace、mixiなどのような消費者からの情報発信で成り立っているサイト・コミュニティーが社会的に大きなインパクトを与えている。さらにこうした新興勢力が既存のメディア(新聞、雑誌テレビ、映画、音楽)産業に対しても大きな影響を与えるほどになっており、既存企業は存亡の危機に立たされていると言っても過言ではない。もちろん、こうした動きはメディア産業に限った話ではないが、一つの象徴として取り上げた。

これについては、まだまだ書きたいこともあるのですが、まずは皆様の意見をお聞かせください。

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コメント

すいかさんへ

ユニークなコメントありがとう。とても刺激的で、おもしろい内容です。「コンテンツと広告の同化」というコンセプト買いです。
確かに消費者サイドから見るとわざわざ広告に自らアクセスするメリットがないとすれば、そこにずかずか入っていく仕組みが必要でしょうね。音楽のプロモーションビデオなどは、このジャンルにはいるのではないでしょうか。それ単体でも有料コンテンツとして十分成り立つクォリティーでありながら、実はCDを売るためのCMに過ぎません。
あるいは米国で、BMWがインターネットのためだけに短編映画風のCMを作ったのもこうした流れに即しているのかもしれません。

いずれにしても大変ユニークな考え方だと思いますので、しばらくこうした視点で世の中を見てみたいと思います。
また、是非コメントしてください。

投稿: 内田和成 | 2007年7月16日 (月) 23時07分

先生の授業をとっていた者です。
来年から外資ニューメディアで広告に携わる予定なので、消費者主権主義について、広告という切り口からコメントをしたいと思います。

消費者主権主義にはまったく同感で、情報の民主化が大きなパラダイムシフトを起きつつあることは私自身も経験的に実感しており、多くの学生も同様に感じているのではないかと思います。

個人的な持論ですが、IT革命からWEB2.0議論に続く「情報の民主化」という歴史的な情報パラダイムの転換は、企業の広告・マーケティング環境にとって二つの変化をもたらすと思います。

一つは、短期的な「広告を一つの情報として扱う“メディアとしての”生活者、企業」の出現です。これは既にSNS、ブログ、ソーシャルブックマークなど散々騒がれましたが、権威に囲い込まれていた情報が、uncontrolからunder controlへと変化したことで大きなインパクトがありました。

そして二つ目は、こうした短期的な変化の積み重ねによる、よりラディカルな「中長期的な産業構造の変化、帰結としての広告のコンテンツ化」です。こちらは、よりデコンストラクションに近い産業構造の変化であると考えています。

というのも、私の大きな仮説なのですが、『情報の取得•発信コストが限りなく低下し、公共財的な性質を帯びると、広告と情報コンテンツは競合する』ようになり、結果的に『広告がコンテンツの中へ入っていくか、もしくは広告自体がコンテンツ化』するのではないかと考えています。

なぜなら、ほぼ無料で映像コンテンツや音楽コンテンツを入手できる状況において、わざわざ好んで広告に接触する動機は消費者にとって弱いと言えるからです。この状況は、現在のような「マス媒体のようにメディアに依存する形での広告モデル」が立ち行かなくなり、「ネットワーク上の様々なコンテンツと競合できるような“情報コンテンツとしての”広告モデル」へと置き換わっていくことを予感させます。

具体的には、R25、モバゲー、ゲーム内広告など、まさに『コンテンツと広告が同化』しているモデルが続々と出てきています。また、アドワーズのような検索連動型モデルは、「いまこの瞬間、その場で、欲しい情報を提供する」という一種の情報コンテンツとして見ることができ、『広告のコンテンツ化』という文脈の上にあると考えられます。

広告はメディアにいわば“寄生”する形で存在してきましたが、これからはより「有意な情報コンテンツとしての独立性」を求められ、必然的に広告代理店などの既存広告モデルが本格的に見直されるでしょう。メインの収益元のTVCMですら、ネットワーク上に入る流れなのですから。

以上の仮説が実際に見られるとすれば、それは各メディアがネットワーク上に収斂されて、成熟した頃だと思います(10年後か、50年後か、わかりませんが)。また、マスメディアは今後少なくとも10年は影響力を保持し続けるとも思います。しかし、徐々に変化が起きていくことは間違いないでしょう。

現在のところ検索連動型広告は、物理的にセールスの人員が少ないこともあり、既存代理店と協調的にクライアントへ販売しています。
しかし、パラダイムシフトが進むにつれて、既存代理店とニューメディアの異業種格闘技は今後加速するのではないでしょうか。
その時の各企業のポジションと戦略がどのようなものになっていくか、楽しみですね。長文失礼しました。

投稿: すいか | 2007年7月12日 (木) 00時13分

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