2009年9月 4日 (金)

イヌイットの交通事故

車好きなので時々車雑誌を買って読む。昨日購入した雑誌カーグラフィック(CG)の10月におもしろいコラムがあった。自動車ジャーナリストの下野康史(かばたさんと読む)氏がおもしろい記事を書いていた。
それは昔に比べて自動車の安全装置が発達して、昔ほど恐い目に会うことがなくなったという記事だ。彼はマツダのRX-7でスピンして恐い目にあったらしいが、私も北海道の山道で友達の運転する車がスピンを起こし180度回転して止まったことがあった。90度だったら崖下に落ちていただろう。でもこんなことはしょっちゅうあったので、当たり前と思っていた。
昔は安全装置といってもシートベルトくらいで、それも誰も締めていないのが普通だった。その後エアバッグ、あるいは前後のクラッシャブルゾーン(つぶれることによって衝突の衝撃を和らげてくれるエリアのこと)等の安全装置や基準が次々と標準化され、今や事故を起こしても死んだりする確率はとても小さくなったと言える。しかし、これらはいずれも事故起こした場合の話で、事故を防ぐ仕組みではない。

ところが最近は予防策の方が発達してきて、自動的にスリップを防止する装置や、ブレーキがロックしない仕組み、あるいはタイヤが進歩してスリップしなくなったりと、こちらの技術革新が著しい。ほとんどがエレクトロニクスの恩恵を受けている。

さらに、最近はそのエレクトロニクスがますます進化し、一番新しいボルボでは前車とのスピードの差が時速15km以内であれば、衝突しそうになると自動車が勝手にブレーキをかけて、衝突を回避してくれるそうだ。スゲーけど、世話になりたくない。

この話を聞いていると、病気と一緒で、なった場合の治療法から発達して、今は病気を防ぐためにどうしたらいいか、あるいは事故が起きないようにどうしたらよいかに進歩の力点が変わっているのと同じ話だなと思った。

さて、本題である。エッセイの最後にこう書いてあった。
「北極のイヌイットが犬ぞりから手間のかからないスノーモービルに乗り替えるようになって、走行中の事故が増えているという。春先、氷がゆるむと、スノーモービルごと海に落ちてしまう。犬は氷の薄いところをちゃんとよけて走っていたのである。」

技術が進化すると人間の能力、とりわけ生存能力はどんどん退化していく。そのうち無菌豚みたいになってしまわないか、心配である。

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2009年9月 2日 (水)

郵便局とランドセル

昨日用事があって郵便局を訪れたら、奇妙なチラシに目がいった。

Sanrio

郵便局がランドセルを売っているのだ。しかも郵便局限定商品だという。サンリオのキャラクターをかたどった郵便局オリジナルらしい。といってもどこかオリジナルかは私には分からなかったが、価格は35000円と39800円と49800円の3種類。決して安くはない。キャラクターは「ハローキティ」「シュガーバニーズ」「シナモロール」「マイメロディ」「チャーミーキティ」の中から選べるらしい。
しかもテレビで宣伝していることを見たことがある肩が楽になる「天使のはね」がついている機能性もあるランドセルだ。

Sanrio002

最初はこんなものが郵便局で売れるわけがないと思った。しかし、どうして郵便局かと考えて、はたと思い当たった。そうかおじいさん、おばあさんに売るんだ。
おじいさん、おばあさんが郵便局に行ったときにこのチラシを見ると思い出す。そうだ、うちの孫は来年4月に小学校入学だ、なんか入学祝いを贈らなくてはいけない。ランドセルなら6年間使ってくれるからピッタリだ。情景が目に浮かぶようだ。これを考えたマーケターはすごい。
でもじいさん、ばあさんが子供の好きなキャラクターなんか知っているのかと突っ込みを入れたくなったら、表紙にはちゃーんと「お届け先様がキャラクターやカラーを選ぶこともできます」と書いてある。遠く離れた孫と祖父母のことを考えた泣かせる台詞だ。

ウーン、ストーリーがハマリすぎだ。やはりこんなものが郵便局で売れるわけがない。皆さん、どう思います。

一方、別のチラシも発見。こちらは海外に日本の食品を送ってくれるサービスだ。

Yubin001
Yubin002

主に海外に在住している知人や家族に日本食を送るニーズに対応していると考えられるが、これは便利だ。うちでは現在子供が二人も海外に行っている関係で、良く荷物を送る。でも食品の場合は、まず買いに行くのが面倒くさい。さらにそれを郵便局に持って行って、海外配送を依頼するのであるが、そもそも海外に送ることのできる食べ物なのか、日持ちは大丈夫かといろいろ心配事もある。さらに、たいてい中身の価格より送料の方が高くなってしまう。ところが、これは送料がとても安い。
こうした不安と面倒くささを一気に解消してくれそうだ。ただし、自分の好きなお店(ブランド)を選べるわけではないので、味はどうかは分からない。でも海外にいることを考えれば、味は二の次で本場物の日本食が食べられればいいであろう。

でもこれは我が家にニーズがあるからで、絶対量(総需要)は小さいかも知れない。

結局、今日の話は自分が買うか買わないか、使うか使わないかで成否を判断しているとも言える。

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2009年8月31日 (月)

車中広告に見る世相

選挙は民主党の圧勝でした。岡田(克也)さんおめでとう。
頑張ってください。私は政治に直接コミットしていないが、岡田さんは個人的に応援している。
しかし、これだけ大勝ちしたと言うことは、逆に民主党は国民の答えに答える義務が生じたと言うことで、大変だ。

一昨日、昨日と京都へ企業訪問行ってましたが、その話題は後日紹介します。

私は前著[スパークする思考]の中で、花王前会長の後藤さんが使っていた言葉[キョロキョロする好奇心]を紹介した。私自身の情報収集やアイデアを生み出す源と同じだったからだ。私も電車の中で、乗客を観察したり、中吊り広告を見ることで世の中の流れをつかむことがままある。

今日はその話題だ。先週の金曜日に地下鉄東西線に乗って早稲田大学まで行ったのであるが、その車中で妙なことに気がついた。車中の広告が妙に少ないのである。元々都営地下鉄などは広告が少ないし、東武電鉄の車両に当たると広告が埼玉ローカルなものが多いなと言うのは感じていた。しかし昨日乗った車両は東京メトロの車両で、これまではいろいろな車内広告に満ちあふれていた。

ところが昨日乗った車両の網棚の上にはめ込みで入れられている広告がすき間だらけなのである。ちょっと数えてみたところ、営団の路線案内などの広告ではないスペースを除くと私が座った席の周りにはポスター14枚分のスペースがあった。ところが実際にポスターがはめられているのがわずか7枚しかなかった。半分である。道理ですいている感じがしたわけだ。世の中で広告の不況が言われているが、こうしたところに如実に現れているなと思った。

さらにどんな広告主が広告を出しているのか見てみて、もっと驚いた。よくある化粧品や食品の広告がほとんどない。7枚中なんと4枚が借金の整理をしますという弁護士事務所や司法書士事務所の広告だった。後の3枚が英語学校、専門学校、キリンビールの第三のビールのコマーシャルで、こちらは以前からもあった類のものだ。

それにしても債務の整理や過払い金の取り戻しを訴える広告が堂々と言うか、大半を占めていることに大変驚いた。自分自身の大発見と思ったら、先週の週刊ダイヤモンドの弁護士特集にその答えが書いてあった。特集の最初のパートのタイトルが「過払い金返還請求の宴」と題して、弁護士と司法書士がいかに儲かっているかを大々的にと取り上げていた。中でも驚いたのは、35ページに一覧表が載っている主要弁護士事務所や司法書士事務所の過払い金返還広告の出稿額だ。弁護士事務所では法律事務所ホームロイヤーズが約15億円、ひかり法律事務所が4億円、ミネルヴァ法律特許事務所が2億円など、1億円以上の広告費を使っている弁護士事務所が9社もあった。さらに司法書士事務所も同様で、みどり法務司法書士事務所の7億円を筆頭に、ひかり法務事務所、新橋法務司法書士事務所などが続き、こちらも1億円以上が8社に及ぶ。これらは取り戻した金額ではなく、広告費である。ウーン、よほど儲かっているのだろうな。記事によればトップの事務所では1年で200億円取り返したそうだ。そして、事務所の報酬はその3割だそうだ。確かに儲かるビジネスモデルだが、何か違和感があるな。

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2009年8月20日 (木)

ウチダザリガニ

皆さんはウチダザリガニをご存知ですか?
私はずいぶん前にフレンチレストランのオテルドミクニで食して以来、自分の名前がついたザリガニということでなんとなくお気に入りになっていました。オテルドミクニのメニューには北海道産と書いてあったので、関サバや関アジのような地名とは思っていませんでしたが、てっきり北海道の内田さんが飼育しているザリガニだと思っていました。
スーパーの野菜売り場に栽培者の名前が入ったブランド野菜が売られていたりしますよね。それと同じだと思っていたのです。

ところが昨晩NHKで外国から来た生物で日本の生態系が破壊されているという警告の番組「ちょっと変だぞ日本の生態」をやっていたのですが、そこに突然その名前が出てきたのです。思わず聞き入ると、ウチダザリガニはもともとアメリカ原産だったものが、日本の食糧事情を改善しようと昭和初期に日本に導入されたそうです。何と80年も前の話です。当初は北海道の摩周湖に476匹放流されたそうですが、それが1980年代に入るとなぜか摩周湖以外の湖に広がりだして、今や北海道中の湖で観察されるほどに増えてしまったそうです。そのために湖や釧路湿原が危機に瀕していると語っていました。
なぜ危機かというと、ザリガニは水中に生えている水草を根こそぎ食べてしまうそうです。そうなると同じ水草を食べているカモなどの水鳥たちが食物がなくなって湖に来なくなってしまったとのことです。
思わずダーウィンの「同じ生態系を営む二種類以上の種は生存できない」というセリフを思い出してしまいました。
他にも水中の不純物などを浄化していた水草がなくなると湖が何もない砂漠のようなところになってしまうとも言ってました。
なんとなくいい人だと思っていた人に裏切られたような寂しさを感じましたが、ザリガニには責任ないですよね。わざわざ日本のために持ち込まれたのですから(と言って自分を慰めている)。

同じ番組で日本中に北米原産のアライグマが繁殖して、日本の生態系が大きく壊されているという話もやっていました。農作物を荒らしたり、鳥などの家畜を食べてしまうそうです。さらには家の中に住み着いて、家を壊したり汚してしまう現場も見せていました。
アライグマは雑食系で繁殖力が強いためにあっという間に増えてしまったようです。生態系としては、とくに狸が影響を受けているようです。どうしてそんなに増えたかというと、70年代後半にはやったアニメ「あらいぐまラスカル」の影響だというから考えてしまいました。一時は年間1500頭以上もペットとして輸入されたそうですがもともと獰猛なこともあり、途中で飼えなくなったアライグマが相当数自然に放されててしまったようです。
現在は神奈川県だけでも年間5000頭が捕獲されると言ってましたから、日本全国ではどれくらい生息しているか想像もできません。

さて、賢明なる読者は以前私が紹介した、我が家にタヌキが現るを思い出したのではないでしょうか。そうです、どうもあの時現れたのはタヌキではなくアライグマかもしれないと思いました。なにしろ神奈川県だけで何万頭も生息しているようですから。テレビではアライグマとタヌキの出現率は50:50と紹介してましたので、タヌキの可能性がないわけではありませんが、正直なところタヌキだったら夢があるけれど、アライグマでは・・・。

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2009年7月25日 (土)

空想生活

皆さんは、こんな商品があったらいいなあるいは自分がデザインしたこんな商品を誰か作ってくれないかな、という夢を実現してくれるサービスがあるのをご存じですか?
エレファントデザインという会社が提供する空想生活というサイトです。

簡単に言うと、誰か言い出しっぺがこんな商品が欲しいと提案して、それに賛同する消費者が一定の数になると、エレファントデザインがそれを作ってくれるメーカーに交渉してくれます。そして、OKを取るとその商品が、あらかじめ申し込んだ人に販売されるということをやっています。

社長の西山浩平さんはまだ39歳の若さですが、この空想生活を10数年前に始めています。さらに二十歳になる前から大学も行かずに、オーダーメイドの革のバッグや財布を作成して稼いでいたというから、オーダーメイドのプロです。
実は昨日の嶋口研究会のゲストはその西山さんでした。

会うのは昨日が初めてだったのですが、実は10年ほど前に週刊誌にネット時代の経営みたいな連載をしているときに、インターネットの本質は消費者や零細企業に情報の主権が移る消費者主権主義の時代である。そうなると、これまでのように企業が作ったものの中から消費者が欲しいものを選ぶのではなく、消費者が欲しいものを企業が聞き入れて作る時代が来ると書いたことがあるのです。
その時に、実は既にそういうビジネスを空想生活というサイトでやっているのですが、うちを知っていて書いてくれたのですかとメールをくれたのが西山氏だったのです。全く知らずに、その記事を書いたのですが、世の中には私の思考の先を既に事業として実現して人がいるなと大変関心したのです。その彼に10年越しに会えたのは何かの縁だと感じました。

西山さんは経営者というよりは思想家という感じで、とても好感が持てました。何となく、ISLの野田智義さんに似た印象です。

デンマークの政府に頼まれて、デンマークの中小企業が世界中のBOPの人々に欲しいものを提供する仕組みを作ってくれと頼まれて、これからやるそうです。どう見ても金儲けには成りそうもありませんが、世の中の役に立ちたいからやるそうです。

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2009年7月13日 (月)

S&Gのビジネスモデル

若い人にS&Gと言ってもぴんと来ないかも知れないが、我々の世代でS&Gと言えばサイモンとガーファンクルのことです。私も大好きなデュオです。
10日金曜日に東京ドームでのコンサートに行ってきました。東京ドームは元々野球場であり、コンサートには適していないのでしょうが、我々の年代を中心に超満員でした。私は電話予約でチケットを購入したのですが、アリーナ席は売り切れでS席しか空いてませんでした。S席と言うからステージから30-40mの所かと思ったらとんでもなく離れて席で、1塁側の内野席の上段に近い方で、バックスクリーン付近に作られたステージからは直線距離で200mはあるような離れた席でした。

でもコンサート自体は大変良かったです。周りのおじさん・おばさんもみんな盛り上がっていました。若い人には単なる懐メロでしょうが、我々の世代には青春そのものです。数年前に知人である岩国哲人さんに頼まれて、彼のラジオ番組に出演したときの私のリクエスト曲がサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」だったくらいです。懐かしくて、良かったな。

さて本題です。S席は13000円もするのですが、推定するに会場には6万人くらいはいるのではないかと思いますが、もっと高い席もあることを考えると平均入場料は13000円はくだらないと思いました。そこで、一人当たり13000円×6万人くらい入っているとして東京ドーム一回当たりの売上は約8億円と想定されます。これが7月10日と11日で二公演行われ、それ以外に武道館で一回(こちらは収容人員が少ないので、たぶん1回2億円くらい)、それに加えてナゴヤドーム、札幌ドーム、京セラドーム大阪の3会場でも実施される。おおよそで計算すると今回の日本公演で入場料収入だけで、25億円から30億円弱になると思われます。すごい金が動くものです。ポールとアートの取り分が1割としても2-3億円は行くでしょうから、良いビジネスですね。
ちなみにプログラムでもないパンフレットが3000円もしていました。曲目が書いてあるプログラムかと思って購入したのですが、出来の悪い二人の写真集のようなもので、曲名は一切書いてませんでした。原価は500円が良いところでしょう。でも別に怒ってはいません。

私自身も彼らの曲は大好きで、もちろんレコードとか買ってましたが、当時はコンサートに行く金銭的余裕なんてありませんでしたから、生で見るのは初めてでした。
今、我々の世代は時間的にも余裕が出来ていますし、1万円強の価格も高いといえば高いですが、賄えない価格ではありません。非常にうまいビジネスモデルだなと思います。

話は脱線しますが、深夜にテレビで良くやっている70年代、80年代のポップスや歌謡曲のベストアルバムのCDセットも全く同じビジネスモデルだと思います。それらは、懐メロの割には法外な価格で、CD5枚セットで12000円から15000円もします。新譜とあまり変わりません。無茶苦茶儲かると思いますが、購入者から見ると、自分の若い頃の音楽をいろいろ見繕ってくれてセットで買えるのなら1万円も安いものだとなるのです。

さらに余談ですが、コンサート終了後に後楽園の近くの神楽坂のとても有名な和食の店に行ったら、なんと客がみんなコンサート帰りの人たちで、店主がなんなんだろうととても驚いていました。我々の世代の考える贅沢とはなんと似通ったものなんでしょう。

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2009年6月19日 (金)

ビジネスの黄金比

ビジネススクールのゼミに卒業生に来てもらって、一席ぶってもらう試みを始めた。すでに2回目まで終わっているが、これがゼミ生に好評だ。
1回目は昨年3月に卒業した1期生の岡井さんだった。岡井さんはリクルートエージェント言う人材紹介会社の本社で企画やマネジメントやっていた人だが、今年から営業の方に出て、大きな支社の支社長をやっている。

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岡井さんはビジネススクールで何を学んだか、あるいはそれが卒業後、どんな風に役立っているかなどを話してくれた。ビジネススクールの学生にとっては、仕事との両立のさせ方などの今日からでも役に立つ話や将来へ向けての心構えなどを学んだようである。

私自身も岡井さんの話の中で、一カ所スパークしたところがあった。それは、ビジネスにも自然界や美術界と同じように黄金比があるのではという問題提起でした。
岡井さんによれば、お酒の安売りのカクヤスにはあるお店の配達範囲が半径1.2kmで収まるようになっているそうで、これより広いと効率が悪すぎて、狭いと売上が立たないと言うことだそうです。リクルートのあるビジネスにも駅から○m以内でないと媒体に載せてもペイしないといった経験則があるそうですが、これは企業秘密なようです。

私自身の問題意識はこうした、ビジネス上の成功の秘訣、あるいは黄金律と呼ばれるようなものを集めてみると、もしかしたらそこには黄金比に相当する共通の法則があるのかもしれないと思ったことである。
でも、これくらいのことはすでに誰かが考えて発表しているかもしれないな。

黄金比については知っている人も多いと思いますが、長方形が一番美しく見える比率とか、モナリザの絵画にもそれが現れているとか言われています。あるいは巻き貝やひまわりの花などの自然界にも多く存在することで知られています。

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2009年4月30日 (木)

TMDとBoseのQuiet Comfort3

テレビを見ていたら、耐震構造の高層マンションなどに取り入れられている技術にTMD(Tuned Mass Damper)というものがあると話していた。簡単に言うと、地震による縦揺れを防ぐために縦揺れと同じ周期の振動が反対に働くようにおもりをセットしておくと、通常の十分の一程度の時間で揺れが収まるという仕組みだ。

これってどこかで聞いたことがあるなと思ったら、以前私のお気に入りとして紹介したBOSE(ボーズ社)のQuiet Comfort 3と言うヘッドフォンに装着されているノイズキャンセラーと全く同じ原理だった。こちらは外部の音を消すために、ちょうど逆位相の音を発生させて消音する仕組みだったと思う。

どちらが先に発明されたのか、あるいはもっと別のものがオリジナルの原理なのかは分からないが、全く違ったものを結びつけることが出来て、なんか得した気分になった。科学ってすごいな。


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2009年4月26日 (日)

生まれて初めての経験

昨日、品川女子学院校長の漆紫穂子さんに誘われて生まれて初めての生け花を習ってきた。この歳になってまさか生け花をやることになるとは思わなかったが、せっかくの誘いでもあるし興味もあったので、おそるおそるの感じで行ってきました。

先生の州村衛香さんが素晴らしい方だったこともあり、うまくおだてられながらのあっという間の120分でした。花や植物には表面や裏面があることも初めて知りましたし、素材の長さをある比率で揃えていくと極めてきれいなものが出来上がることも学びました。これまで生け花というのは、芸術の世界でアイデアや右脳の世界だと思っていたのが、数字や技術に支えられた科学の世界でもあるということが理解できて良かったです。

漆さん曰く、生け花は経営に似ているので、経営者に習ってもらいたいと言っていたが、その通りだと思いました。というのは、まず素材が自然のものであるから、まっすぐなものもあれば曲がっているのもある。いうことを聞く花もあれば、そっぽを向く花もある。漆さんに寄れば人間と同じだそうだ。さらに一つ一つの素材(人材)を活かすことも大事であるが、全体のバランスはもっと大事である。これって経営そのものだな。
さらに、いつまでも考えていると花が弱ってしまう。まず全体像をイメージしたり、部材を揃えることは大事だが、結局は、茎の長さを決めたり、枝を切る作業ではエイッヤーの決断が必須となる。

ご託はこれくらいにして、実際に作ってみた第一号作品はこのようなものである。もちろん、多少は先生に手伝ってもらったが基本的に私の自作である。批判は甘んじて受けよう、というより初めて作った作品をここで紹介すること自体、ちょっと変であろう。
Ikebana001

ついでに他の方の作品と並べてみた写真もどうぞ。
Ikebana003

漆さん、貴重な経験をありがとうございました。

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2009年2月26日 (木)

数字か哲学か

一月ほど前の日経新聞の「一目均衡」というコラムにキャピタルという米系投資会社の日本拠点の責任者の話が載っていた。吉野さんというのがその人だが、彼の投資基準は普通の投資ファンドとは違っていて、一つは10年20年という長期視点で投資をすること、そしてもう一つは経営の哲学や価値観を評価に加えているという。

そして、たとえばの例として彼らが推奨する企業として東京エレクトロンを挙げているそうである。理由はもちろん業績や財務体質の良さだが、それに加えて会社設立来の経営の信条を小冊子にして、会社内に浸透させていることを挙げている。会長自身はその小冊子の最後に「失敗を恐れない挑戦者」と自筆で記しているそうだ。

個人的にはこうした、一時的な利益や成長ではなく、より長期なミッションを掲げたり、世間の流れに関係なく自社のスタイルを貫く企業が好きだ。
これが徹底して初めて、なくてはならない企業になることが出来ると信じている。
しかしこれだけ企業を測る尺度がころころ変わる中で、企業の信念を貫くのは本当に大変だと思う。

おまけ
キャピタルの創業者(1931年創業と古い)は、中西部のまじめな価値観を持った企業を好み、ニューヨークの投資銀行のような攻撃的な行動をひどく嫌ったそうだ。

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2009年2月16日 (月)

似て非なるもの

私は電気製品を買うのが大好きなので、よく家電量販店に行く。
そこで製品を購入したときに必ず勧められるサービスが小売店独自の3年間保証制度である。価格の3-5%を払えばメーカー保証(通常1年間)に加えて3年までの故障・損傷・盗難などの際に無料で修理ないし交換に応じてもらえるというものである。

「現在ポイント15%までつけているので、そのうち5%を使うだけで現金での支払いは必要ありませんから、入っておいた方がお得ですよ。」あるいは、「電気製品は最初の1年くらいはほとんど故障しないので、実際に修理が必要なのは2年目以降ですよ」といった、店員の巧みなセールストークもあって加入する人も多いようであるが、本当であろうか。

そこでメーカー保証と小売店の保証の違いを比較してみよう。

メーカーが販売した商品に不良があったり、故障したときは1年間に限りメーカー負担で修理となるが、これはメーカーの持ち出し以外の何者でもない。多ければ多いほど損をする。仮に無償修理期間が終了した後であっても、手間やコストがかかる割にたいした金額を得られるわけではないので、決して儲かるとは言い難い。

一方で、小売店の3年保証はどうであろう。少しレンズを引いて考えてみれば分かるが、今時の電気製品はあまり故障しない。たぶん3年以内に故障する製品は100台に2-3台であろう。しかも、全損することはほとんどあり得ない。部品を交換すればすむような故障が大半である。しかも小売店は自分で修理するわけではない、メーカーの修理センターに出すだけである。そうなると、それに要するコストはせいぜい1%がいいところだろう。となると5%の保証料はほとんど丸儲けである。

ということでメーカーにとっての1年保証はメーカーとしての責務でありコストであるが、小売店の3年保証は儲けの源泉なのである。同じ製品保証でも両者には天と地ほどの違いがある。

実はこうしたビジネス上の「似て非なるもの」のサンプルをいろいろ集めている。機会があればいくつか紹介したいが、たとえば

  • ニューヨークのホテル 対 ラスベガスのホテル
  • 地上波テレビの映画放送 対 スターチャネルの映画放送
  • カメラ用フイルム 対 カメラ用メモリーカード

等が上げられる

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2009年2月 9日 (月)

ナノバブル

バブルといっても金融のバブルではなく、文字通りの泡のバブルである。先日テレビでその技術が紹介されていた。ナノバブルという小さな小さな泡だ。
民間の研究所の千葉金夫さんという人が開発したそうだ。通常の泡が数ミリ単位の泡だとすれば、ミリバブルというのが百分の1ミリ単位の泡で、ナノバブルというのはさらにその百分の一で目には見えない大きさだ。

これが何がすごいのかと言えば、まず同じ水の中で淡水魚の鯉と海水魚の鯛が同居して泳いでいる。これは愛知万博でも紹介されたそうだ。具体的には酸素の泡を小さくして混ぜることで両方の魚が活きられるという話だ。おもしろい。
通常の泡は浮力の関係で水中の下の方から水面に上っていって空中へと消えてしまう。ミリバブルのような小さな泡だと、多少水面に上がっていく時間が遅いだけでやはり上っていってしまう。ところがこのナノバブルはあまりに小さいので、浮力が生じずに水中に長いこと留まり続けると言うから驚きだ。この酸素を吸って鯛や鯉が生き延びるのだろうが不思議な話だ。

このナノバブルのおもしろいのは、泡の中に入れる気体を変えることで用途が様々に広がる点だ。酸素の変わりにオゾンを入れると、野菜についた農薬の消毒が出来ると言うからこれも驚きである。野菜の細胞の中まで入り込んだ農薬がかなりの割合で除去できると言うから、残留農薬除去の切り札になるかも知れない。オゾンのナノバブルを含んだ水はピンク色なのに、農薬を除去するとピンクの色が薄くなっていくというのももしろい、というか分かりやすくて良い。すでに牡蠣の洗浄に実際に使われていて、ノロウィルスの予防に役立っている。
千葉先生自体は、このオゾンのナノバブルが入った液体で口をゆすぐようになってから歯周病が良くなったという。ウーン、本当ならこれも画期的なことだ。

こうした日本人のユニークな発明が、世界的に認められたり、きちんと商業ベースに乗ったりするのが楽しみだ。

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2009年1月21日 (水)

アマゾンの頭脳

先週の大隈塾で、私はビジネスマンの読むべき必読書を3冊紹介した。
いずれも過去にこのブログで紹介した本ばかりであるが、西堀栄三郎先生の「創造力」、ジョエル・バーカーの「パラダイムの魔力」、そして二宮清純さんの「勝者の思考法」である。

それに関して、大隈塾の塾生(学生)がおもしろいことを教えてくれた。
アマゾンにはある消費者が過去に購入した本をもとにしてお薦めの本を画面やメールで教えてくれるお節介な仕組みがある。さらにある本を検索するとそれを検索した人は他にこの本を買っていますよと他人の読書の傾向まで教えてくれる。
どちらもコンピュータが顧客の購買履歴を検証して、次に買ったらいい本を自動的に薦めてくれる仕組みだ(専門用語でいうとリコメンデーションエンジンというソフトウエアになる)。

これに関して、彼が上の本を検索してみておもしろいことが分かったというわけだ。
上記の3冊のいずれかをアマゾンで検索すると、残りの2冊の本がお薦め本として出てくるというのだ。私も実際にやってみた。例えば「創造力」を検索すると見事に「パラダイムの魔力」と「勝者の思考法」がお薦めとして出てくる。しかも創造力の本を検索した人はそれぞれの本をかなりの比率(私が見たときには22%ずつ)で購入しているという。かなりの比率だ。
パラダイムの魔力や勝者の思考法を検索しても相手方の本がお薦めとして紹介される。ただし、創造力は絶版になっていることもあってお薦めされない。
要するに講義で私の話を聞いた学生がみんなアマゾンで検索をかけた結果、従来はそんなに強い関係がなかったこの3冊がアマゾンのコンピュータの中で関連づけられてしまったというわけだ。

このブログを読んだ皆さんが同様にアマゾンを検索してみたときにこの関連づけがさらに強化されるのか、あるいはこれは変だということで解除されるのか興味津々である。私の勘(仮説)は前者だ。

それにしてもアマゾンのリコメンデーションにこんなに影響を与えてしまう私は気をつけなくては(といっても何に気をつけたらよいのか分からないが・・・)。

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2009年1月20日 (火)

新聞はどこに行く?

私のゼミ生から教えてもらったのであるが、産経新聞が先月よりiPhoneとiPod touchを対象に紙面を全部タダで提供し始めている。

産経新聞iPhone版

私も早速使ってみた。ダウンロードに少し時間は掛かるものの、紙面は鮮明だ。もちろん、iPhoneの画面は新聞紙全面に比べて比較にならないくらい小さいので、拡大しないと全く読めない。しかし、iPodやiPhoneを触ったことがある人は知っての通り、画面の拡大・縮小・ページの移動はお手の物であり、全くストレスなく記事の移動や紙面の移動が出来る。
記事も毎朝5時に更新されるという最新版を読むことが可能で、これまた下手をすれば紙面より新しい記事が読めるわけだ。これがすべて無料なのだから驚く。iPodtouchの場合は、無線LANが使える環境にあれば、iPhoneよりよほど高速でストレスなくダウンロードできる。しかも通信料もかからない。

実際に使ってみると、画面が小さすぎるので、つい拡大すると今度は記事の全体を一度に見ることが出来ず、一つの記事すら移動しながら見なくてはならないのが不便で、私は日常的に使う気はしない。一方で、ゼミ生に聞いたところ、それは全く苦にならないという。携帯の画面でものを見る彼らから見れば、何の不自由もないのだろう。もちろん老眼もないし。

産経新聞がこれによって何を成し遂げようとしているのかは不明だが、パンドラの箱を開けてしまったことは間違いない。アメリカでは、既に紙の新聞は死んだとも言われるくらい、急速に部数が減っており、大手新聞社の身売りも日常茶飯事だ。

日本では新聞はまだまだ販売収入が主要な収入源で、広告収入は従という位置づけだが、アメリカでは逆だ。日本もアメリカ型になるのであろうか、その場合のビジネスモデルはまだ見えてこない、ネットの広告収入だけでは、とても新聞社のコストをまかないきれないからだ。

個人的には、好きなところを斜め読みも出来れば、じっくりも読める紙の新聞が大好きだし、宅配という便利な仕組みも生き残って欲しいのだが、日本の新聞はいったいどこに向かうのだろう。

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2009年1月10日 (土)

居酒屋の店長

昨日、早稲田の学生を連れて(連れられて?)、高田馬場の居酒屋「笑笑(わらわら)」に行った。そこで驚いた話を一つ。

用事があって、店員さんに頼み事をすると店長に相談しますと一言、そこへ現れたのは明らかに外人。興味があったので、店長さんと話をしてみると、バングラデシュから来ているそうで、日本語もぺらぺら、しっかりした店長さんでした。店員はもちろん日本人。
店長が日本人で、外人が店員や裏方で働いている店は日常茶飯事ですが、逆は初めてだったので、ちょっとびっくり。

これからの日本企業のあり方やグローバルマネジメントを象徴しているような、良いことだと思いました。先日編集委員をやったWBS(早稲田ビジネススクール)レビューのダイバーシティマネジメントそのものです。

マクロで見ると日本人の雇用機会が奪われる云々の話があるかも知れませんが、ミクロの企業ベースで見ると良い企業だなと思いました。

ちなみに笑笑というのはモンテローザグループの一業態で、そのモンテローザグループと言えば先日、派遣を切られた社員をまとめて500名、正社員として採用すると発表した企業でした。若干スタンドプレイ的で心配な気がしますが、世の中的には雇用に貢献している企業なようです。

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2008年12月 9日 (火)

品質力の磨き方

ちょうど読み終わったばかりであるが、PHP新書の「『品質力』の磨き方」は良い本だった。

Hinshitsu

リコーで長らく、技術者として製品開発や技術開発に従事されてきた長谷部光雄さんという方が書いた品質管理に関する本である。しかし、これまでの品質管理とは大きく異なる、これから起こるかも知れない問題を未然にどう防ぐのかという視点で書かれたユニークな本である。

いつもの如く、いくつのお気に入りを紹介しよう。

「品質最重点という言葉には矛盾がある。品質を最重点に考えると言うことは、無限にコストをかけることになり、非常に高価な製品を作ることである」と、安易に品質重視に走ることを否定している。コストを意識しながら、あるいは今までの大きさや重さを維持しながらどうやって品質を向上させることを考えるところに技術の進歩があると説く。
何でも規制や検査という形で安易に防止策に走り、結果として企業だけでなく消費者に余計な負担を強いている金融庁や厚生労働省に聞かせてやりたい言葉だ。

カラシニコフの設計思想
カラシニコフという自動小銃があって、世界中で使われている。ロシア製である。ロシア製で安いために世界中で使われているのかと思ったら、そうではない。非常にシンプルで余裕を持った設計になっているために、誰にでも作れるという利点があり、かつどんな悪条件で使用されても故障することが少ないという特徴を持つ。そのために人気があるのだという話は新鮮な驚きだった。

「必要な情報とは、次の行動を決定するための情報なので、すべての行動が終わった後では意味がない。」
これは、私の「仮説思考」で言っている話と同じだ。

中でも一番気に入った言葉は、
「適切な目標を設定できたときの技術の可能性というものは、無限であると感じさせる話である。」
この文章で、技術を人間と置き換えても、通用する素晴らしい話だ。実際、どんな話だったかは本書を是非お読みください。

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2008年12月 5日 (金)

デザインとは何かを発想すること

昨日の日経新聞のスポーツコラム「フットボールの熱源」にまたも、おもしろいコメントが載っていた。
英国人曰く、日本ではデザインという言葉の概念が正しく理解されていないような気がする。英国ではデザインとは何かを発想することであって、それを紙の上に絵として描くことではない。

頭の痛い話である。日本ではデザインとがデザイナーというと絵の描ける人あるいはそうしたスキルを持った人というふうにとられてしまう。
サッカーの現場でもクリエティブナ選手を育てようというかけ声の下に、実際には技術を教えることに必死になっているはおかしいではないという主旨であった。

この記事を読んで、ビジネスにおいても全く同じであると感じた。日本の企業では仕事のできる人というと、分析ができる人やリポートを書くのがうまい人あるいは会議をまとめることができる人であって、決して斬新なアイデアを出せる人ではない。若い人や荒削りの人間をもっと自由に発想させて、伸ばしてやる努力が必要なのではないか。
大学で教えているとそんなことを痛切に感じる。

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2008年11月12日 (水)

周波を拾う

元Jリーガーでテレビのサッカー解説者などを経て、現在筑波大学のサッカー部監督をやっている風間八宏氏が、11月11日付の日経新聞のスポートピアというスポーツコラムになかなか良いことを書いていた。
「自分変える勇気を」と題して、自分が監督に就任してから、どのように大学生を指導してきたかという文章である。
本来ならもっと若いときに基礎鍛錬を施すべきだったのに、大学に至るまでそうした訓練を十分に経てこなかった若者が大学に入ってから変身できるのかという命題である。
彼に言わせると規律で縛るのではなく、自由の中で自分をどうつかみ取っていくかを説いたようで、結果として横並びの列に優劣が生じるようになり、個性が不揃いに分かれていったという。要するに大学に入ってからでも遅くなかったと言っているのである。
さらに、「規律とは自由の中にあるもの。あまりに自由で手がかりの少ないピッチの上で、自分の輪郭を縁取るもの。つまり"自律"であり、これを定めたものは勝手に伸びていく。」と記している。名言である。

そうした文章の中で私のアンテナ(最近書いたスパークする思考風に言えば「問題意識」)に引っ掛かったのが以下の文章である。
「本当はもっといたのではないか、彼らの発する周波を私が拾えなかったのではないかと不安にもなる。若者の夢を見る力の不足を平素から案じていたが、大人の作った社会にも彼らがいる以上、この命題は私たち大人に跳ね返ってくる。」
こうした考えを持って若者を指導する大人がいる以上、日本の指導者も捨てたものではないなと思った。自分もそうありたい。

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2008年11月 5日 (水)

スパークする思考

ドバイから無事帰ってきました。
ドバイで感じたことは別途書くとして、今日は本の宣伝です。


来週月曜日(11/10)に私の新しい本が角川書店から新書として発売されます。
タイトルは「スパークする思考」です。

中身は一言で言えば、内田流発想法です。人と違ったユニークな発想がしたい、新しい企画案を考えてみたい。人からアイデアが豊富ですねと言われたいと思っているような人がターゲットです。

出版社には内緒で「はじめに」から一部抜粋して紹介しましょう。

本書のテーマは、「日ごろの私生活で自然と行っているクリエイティブな発想や行動を、なぜ仕事では行わないのか?」というものだ。
そう言うと、「別にクリエイティブな発想や行動など、日常生活で行っていない」と答える人も少なくない。そんなことはない。日常生活は皆、十分にクリエイティブなはずだ。趣味の世界もそうであろうし、料理や食事もそうだろう。週末にはどこに遊びに行こうか、今度はどんな映画を見ようか。妻の誕生日のサプライズは何がいいか?
日常生活は実はとても創造的で、エキサイティングなはずだ。
本書では、だから何も奇想天外な、変わった方法論を説くつもりはない。誰もが慣れ親しんでいる、それでいて説明するのが難しい、そんな方法論について語りたいと思っている。
ここでいうクリエイティブな発想法とは、斬新なものの見方や新しい企画を生み出す思考方法を意味する。そうした発想力を、いかに誘発することができるかについて考えてみたのが本書のもくろみである。
多くのビジネスパーソンは、生活者としての自分を仕事の場には持ち込まないように努力している節がある。生活者であり、消費者である自分は脱ぎ棄て、全く別の個性を身にまとおうとする。本能的な感性や経験に裏打ちされた勘は封印して、正確な情報や分析やを頼りにする論理的思考方法を身につけようともがいている人が多い。
ロジカルシンキングやデータ分析力が重要だと思い込み、ビジネススクール卒業生(MBA)、あるいは経営コンサルタントの好む各種の分析手法を珍重する。必死にさまざまな情報をため込み、整理してデータベースを構築しようとする。それで、分析力は身につくかもしれないが、斬新な発想力を失ってしまう。
そんなことは辛いし、無駄だからやめようと私は言いたい。(以下略)

どうです。なんか読みたくなりませんか。

ということで、本題です。この本を一人でも多くの人に知ってもらって、仮説思考と同様にベストセラーにしたいと思っています。趣旨に賛同の方、あるいはたまには内田を助けてやろうという方は是非、アマゾンで一冊購入して下さい。よろしくお願いします。
というのもアマゾンでの売上ランキングが本全体の売り上げにも大きな影響を及ぼすからです。
ご協力、感謝!

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2008年10月23日 (木)

ケアレスミス

先日の日経新聞夕刊「教育」欄におもしろいコラムが載っていた。
ある学校で、名門中学の校長を招いての講演会が終わった後の父兄からの質問に「ウチの子はケアレスミスが多いのですが、どうしたらよいのでしょうか」と言うのがあったそうだ。聴衆の母親たちが答えを聞こうと一斉にペンを取ったところ、その校長が「勉強の時だけケアレスミスをする子なんていません。そういう子は普段の生活でもいろいろなミスを繰り返しているのです。自分の生活にきちんと目を向けて自己管理をできない子に、テストの時だけミスをするなと言っても無理ですよ、お母さん」
お母さんたちは痛いところ突かれてぐうの音も出なかったそうです。

この記事を読んで、恩師の嶋口先生から以前聞いた同じような話を思い出した。
それはキヤノン電子の酒巻社長の話だ。キヤノン電子では、駐車場のそばに植えてある樹木を傷めないように、車を後ろ向きに駐車場に止めることを禁止している。代わりに頭から突っ込んで駐車するように指示している。
そのルールを3回破った社員を辞めさせたという話だ。たかが車の止め方を3回間違えたくらいで、とんでもないという方もいると思うが、そうした基本的なことのできない社員は会社のもっと大事な仕事でもミスをするからだそうだ。
この怖い話に興味のある方は、下記のサイトに詳しいのでご覧ください。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/special/061215_fushouji3/index3.html

トイレがきれいな工場の製品は品質が高いという日本電産の話にも通じるな。

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2008年9月20日 (土)

家に呼ばないのは心が狭いから

前回も取り上げた今月の私の履歴書の野依先生を読んでいると、彼の人を育てる努力と意欲には素晴らしいものがあると感じる。

17日の回は、海外の研究者との交流に触れたものであるが、その中にこう書いてある。
「海外で多くの立派なレストランに招かれたが、特に記憶に残るものは少ない。一方で、自宅に招かれたことは鮮明に覚えている。拙宅を訪れた友人たちも同じことを言う。」
-中略-「日本の研究者は『家が狭いから』と言うが、それは違う。貧しかったころに比べ、豊かな時代の人々の『心が狭くなった』からである。85年、まだ冷戦のさなか、経済的困難にあったハンガリー・ブダペストの研究所を訪ねた。若い研究員が私の仕事に共感してくれ、自宅での夕食を申し入れた。翌日、彼の奥さんは仕事を早退して手料理を作り、精一杯もてなしてくれた。狭いアパートをカーテンで仕切っての三人での晩餐を今でも忘れることは出来ない。」

涙が出る話だ。自戒の言葉にしよう。

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2008年9月11日 (木)

キッザニア

今週のカンブリア宮殿のゲストはキッザニア社長の住谷氏だった。キッザニアは知っている人も多いと思うが、東京の豊洲にある児童向けの職業体験のできるテーマパークだ。開園以来、既に2年程度立つが未だに行列が出来るというか、予約がなかなか取れないらしい。テレビでは年間来場者数が90万人を超えると言っていたが、とてつもなく多い人数だ。知り合いの子もまだ幼稚園前だが、とても気に入って何度も言っていると言っていたので、リピーターが多いというのは本当だろう。

さて、本題である。テレビの中で村上龍氏がおもしろいことを言っていた。子供に限らず、人間というものは教育や学習と思って学んだことは脳の浅い部分にしか入らないのでなかなか覚えられない。それに対して、遊びを通じて学んだことは脳の深いところに入っていくので良く記憶に残るし、学習できるという。
直感的によくわかる。私の場合は好きなクルマのことだと、車種をすぐ覚えることが出来るのだが、あまり興味がない植物のことや鳥などはいくら聞いても見てもほとんど覚えることが出来ない。仕事でも一緒だと思う。好きならいくらでも覚えられるが、興味がない分野だと、相当努力しないと覚えることが出来ない。
ということは逆説的に言えば、仕事も遊びだと思えるようになればいくらでも深く学習できると言うことだ。私の場合はコンサルタントがそれに当たる。教員の方はまだ仕事感覚なので、まだまだintentionalな努力が必要だ。

ちなみに私は興味があるものは何でも体験したがるのだが、これはさすがに難しい。自分の子供を連れて行こうと思っても、既に全員成人しているのでこれも無理だ。
残念!

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2008年9月 8日 (月)

事実の発見と価値の発見

今月の私の履歴書はノーベル化学賞を受賞した野依良治さんだが、今日8日の回に、彼がノーベル賞を取るきっかけとなった実験の話が出ていた。専門的なことは分からないが、無生物物質には左右対称の分子構造を持つ物質が50:50で存在するのが常識だったのを、非対称で製造する方法を考えたらしい。それを実験で証明したときの話が書いてあった。
但し、私が言いたいことはそうした難しい話ではなく、その過程で彼が言っていることに興味を持ったからである。野依氏によれば「発見は計画できない」という、しかしそれを見つけることあるいはその意味することを考えるのが大事だと言うことを主張していた。実験などで起きることを見つけるのを「事実の発見」とよび後者の意味合いを考えるのを「価値の発見」と言っている。

コンサルティングの仕事でもビジネスでも、何か現象が起きたときに同じ物を見ながらなぜこんなに見方が違うのかなと思うことが多い。その理由は大きく2つある。一つは物差しが違うので見ているものが違うという話である。同じ女性を見ても、姿形に目がいく人もいれば、服装に目がいく人もいる。あるいは顔の表情をとらえる人がいる。この違いが一つである。
もう一つの違いは、見たものから何を感じるかあるいは読み取るかであって、こちらは観察力以上に想像力(推理する力)が大事な世界である。上の例で言えば、その女性は何をしようとしているのか、それによって自分にどんな影響があるのか?あるいは何をしてあげることが出来るのかといった影響力やアクションにつながるところまで考えが及ぶかどうかである。
要するに物を見る「物差し」と読み取った結果の「解釈」の2点が大事な要素となる。

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2008年9月 3日 (水)

古き良きハワイ

今回の休暇でははじめてハワイのカウアイ島に来ている。ハワイはオアフ島はもちろんのこと、マウイ島やハワイ島は何度も訪問しているがカウアイ島は初めてである。来るまでは、どちらかというとシダの洞窟やジュラシックパークのロケ地ということで、緑豊かな自然が売り物の島という印象だったが、実は結構奥が深かった。

一つは自然だけだなく人工のリゾートが結構作られていて、これらはマウイ島やハワイ島に負けないなという印象だ。

Kauai001

上の写真は滞在したポイプリゾートの隣接ゴルフ場でのスナップだが海沿いの景観を生かしたすばらしいコースだった(スコアすばらしいとはほど遠かったが・・・)。しかしこれは他のハワイの島々とあまり変わりがない。

感心したのは別のことだ。一つは島の産業構造の転換である。元々はサトウキビをベースにした精糖産業くらいしか産業がなかったのが、製糖業が不振になるにつれてそれに変わる産業としてコーヒー産業を促進したようだ。これだけなら、ハワイ島という先例があるが、カウアイ島がコーヒー産業へ転換したのはわずか20数年前らしい。しかも今では生産量で本家のハワイ島をしのぐという。これは結構すごいなと思った。ただし、ハワイ島では高品質のコーヒー(代表例がコナコーヒー)を作っているのに対して、こちらは徹底した合理化でオートメーション化されて工業製品としてのコーヒー豆を作っていると言うことで、これハワイ島に対する差別化になっているようだ。
アイルランドの変身と重ね合わせてみてしまった(ちょっと誉めすぎ)。

もう一点は近代的なリゾートとは対照的に古き良き昔の街がそこかしこに残っていることで、島の反対側にドライブしたときにはこうした風景をたくさん見て、心が和んだ。行く機会はなかったが日本人の街などもあるらしい。下の写真はそうした何となく懐かしさを感じた風景の一つである。(オープンカーを運転しているむさ苦しい男はもちろん私である・・・)

Kauai002
Kauai003

しかしこうしたことにノスタルジーを感じて喜んでいるのは我々のようなよそ者だけなのかも知れない。

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2008年8月31日 (日)

引き続き休暇中

暑い中働いている皆さんには申し訳ありませんが、引き続き休暇モードの内田です。
地元の新聞といっても"Hawaii Golf "というゴルフ場で配られる無料誌ですが、おもしろい記事?が載ってましたので紹介します。
タイトルが"The Top-10 Reasons Golf is Better Than Sex"というなかなか刺激的なもので、どうも読者からの投稿をまとめたもののようです。

その一部を紹介しましょう。

#8 It's much easier to find the sweet spot.

#4  Your partner doesn't hire a lawyer if you play with someone else

And the number one reason why golf is better than sex....

#1  When your equipment gets old you can replace it!

アメリカ人はジョーク好きですが、それでもよくこんなことを思いつくなと感心します。#1になっているフレーズはゴルフというのが比較的シニアの人のスポーツであることから来ているのでしょうね。

やわらかすぎる話題だったかも知れません。

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2008年8月11日 (月)

仕事と作業を勘違いしていませんか

最近、仕事の効率化をどう進めたらよいかとか情報活用の方法とかの取材を受けることが多い。要するに出来るビジネスマンになるためにはどうしたらよいかというという問いだ。
そこで少し気になるのは、今世の中で話題になっている情報活用や仕事が出来る人というのは私に言わせるとちょっとずれているのではないかと言うことだ。具体的に言うとどうも作業の達人になることを目指しているような気がする

私は仕事と作業は違うと思っている。仕事は目的を成し遂げることを言い、作業とはその仕事を成し遂げるために必要な手段のことと定義している。
作業を具体的に言うと、分析、会議、出張、打ち合わせ、議論、電話、e-mailなどになる。もちろん、中には、電話を取るのが仕事のオペレータさんとか、会議を仕切るのが大事な仕事である事務局とか、特殊なケースもあるが、通常はこれらは仕事を成し遂げるための手段であって仕事そのものではない。
ところが最近はこの作業にスポットライトが当たりすぎで、そこに焦点を当てた「」の達人になるみたいな企画や本が多すぎるのが気になる。「」の中には作業名が入る。たとえば情報活用の達人とか、会議の達人あるいはメールの上手な使い方である。

エクセルが使いこなせる、あるいはグーグルでの検索がうまいのとそうでないのとどちらが良いかと言えば、使いこなせる方がよいに決まっている。
しかし、カメラを少し引いて考えて欲しい。将来幹部に引き上げようとする候補者が二人いたときに、経営者はエクセルは使えるがものが決められない人間と、エクセルは使えないがものを決められる人間のどちらを引き上げるだろうか?仕事が出来る人間と作業が出来る人間とは違うと言うことだ。

最近、サントリーで仕事の効率化という話でインタビューを受け、それが社内報「まど」(2008年7月号)に掲載された。サントリーの了解を得たので、これを紹介しておく。興味のある方はご覧ください。
「20087.pdf」をダウンロード

(かくいう私もすごい議論力なる本を訳しているので、今日の話はやや天に向かって唾を吐くではある)

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2008年7月23日 (水)

振り込み詐欺の被害?

今日銀行に振り込みに行ったらトラブルに遭遇した。

子供が夏の間、アメリカに語学留学することになり、その費用の振り込みに行ったときの話である。
語学留学を斡旋した業者にその費用を振り込もうとしたのであるが、振り込み用紙が指定で、これを使えと書いてある。そこで窓口に行って、振り込もうとしたのであるがこれが出来ない。
と言うのも、振り込み人が子供の名義になっており、私は本人でないのでダメだというのだ。子供が身分証明書を持参して自分で来ないといけないという。

私から見れば、子供が銀行の窓口に現れて何十万円かの現金を振り込む方がよほど怪しいと思うが銀行の感覚ではそうではないようだ。
子供の教育費用(語学留学が真の教育かどうかは議論はあると思うが)を親が払うことが出来ないというのも変な話だ。仮に子供が小学生だった場合はどうしろと銀行は言うのであろうか。その場合は、業者も振り込み人を本人ではなく親にするので却って問題はないのかと思うが・・・。

こうしたばかげたことがなぜ起こるかと言えば、すべて振り込み詐欺の被害から消費者を守ろうという話しから来ている。塩川元財務大臣が銀行窓口で振り込もうとしたら、子供と一緒に来いと言われたという話も根は一緒である。
いったんルールを決めると融通が利かないのも銀行の特徴というか、消費者本位とはほど遠い体質の現れであろう。

一方で、ATMを使えば私の口座から引き出して振り込む場合でも、子供名義でも簡単に振り込みができる。これでは窓口でいくら規制しても無意味だと思うがなぜか窓口の方が融通が利かない。

この話の顛末を知りたい方もいるかも知れないので、どうしたかと言えば子供名義の銀行口座がたまたまその銀行にあったので、それをもって子供の身分証明としてもらってようやく振り込むことが出来た。
今日が締め切りだったので間に合って良かったというか、イヤー、時間を食って大変でした。

と言うことで、振り込み詐欺の間接被害にあった話でした。

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2008年7月22日 (火)

ソニーの宿命

少し前の日経新聞コラム「大機小機」におもしろい記事が載っていた。

冒頭に『日本企業の中でソニーほど「らしさ」を求められ、宿命づけられている企業は水らしい』と書かれている。全く同感である。ソニーが当たり前の製品を出して利益を上げたとしても、誰も拍手喝采しないだろう。かつてのウォークマンやCDのような商品を出して初めて、みんながさすがソニーだという。今で言えばiPodのような商品がなぜソニーからでなかったのかというのが良く話題になるのと同じである。

ところが、そのソニーが画期的な商品ばかり狙って、研究開発に力を入れ、マーケティングを頑張ったとしても利益が出なかったり、成長しなかったりすると、これはこれで株式市場から叩かれる。
要するに革新的な製品を出し続け、しかも世間以上の利益を上げろと両方が期待されているわけである。

ソニーの経営者から見れば、一体どっちをやればいいのだと言うことになってしまう。
個人的にソニーには、多少利益が出ないことはあっても常に革新的な製品・サービスあるいは生活提案をしてもらいたいと思っている。


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2008年7月 5日 (土)

ロジックジャンプ

最近読んだ本にリクルートのフリーペーパーであるホットペッパーの誕生物語を描いた“Hot Peper ミラクルストーリー”がある。
フリーペーパーのビジネスモデルに興味があって読んだのであるが、読み物として結構おもしろいし、リーダーシップの勉強にもなった。

その一節にロジックジャンプを信じるというのがある。
ホットペッパーの営業マンは、毎日新規の飛び込み営業をするそうだが、一つの店に複数の営業マンが訪れてしまうことがたびたびあるそうだ。これ自体、営業の教科書から言うと問題だということになるかも知れないが、言いたいことはこのことではない。
飛び込み営業の常として、最初の内は、「じゃまだ」とか「用はない」とか追い返されるのだが、何度も通ううちに、「大変だね」とか、「頑張るね」とか、「お茶でも飲んでいったら」と声をかけてもらうようになる。これもよくある話しだ。

そこへ、全く新しい別の営業マンが飛び込みで訪問すると、店主が「うちの担当は○○さんだよ」と言い出す瞬間があるそうだ。まだ取引もしていないのに担当になっている。
要するに、心理的なつながりが生まれることで、理屈を超えた言葉が発せられる。この瞬間を「ロジックジャンプ」と呼ぶそうだ。

すごくよく分かる。
というのも、私もコンサルタント時代にずいぶん新規顧客開拓に精を出したが、顧客になっていない社長さんが、他のコンサルタント会社の人に、うちがコンサルティングを頼むとしたら内田さんに決めてるからという言葉を聞いて、うれしく思ったことが何度もあったからだ。

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2008年6月27日 (金)

マイクロペイメント

大学の近所に天丼屋チェーンの「てんや」の店ががある。ごく普通のてんやだ。ただ、その店の前に置かれるている人形がユニークだ。要するに宣伝のPOPなのだが、なんとJR東日本のSuicaの人形(と言うより風船)だ。

Suica_3

Suica自体も珍しくない。しかし、それが天丼屋でも使えるとなると、電子マネーとして普及しつつあるというか、デファクトを取りそうだなという感じが強くする。
電子マネーには他にもampmを中心に全国たくさんの店で使えるEdyがあるが、こちらは正直伸び悩んでいる感じだ。

なぜEdyが苦戦し、Suicaが善戦しているのかと言えば、Suicaは電子乗車券という本来の目的があり、そちらでシステムコストをまかなっているために、電子マネーのコストは低くて済む。そのために積極展開できる。それに対して、Edyは電子マネー以外に稼ぐ手段がなく、単独で収益を上げる必要があるのだが、そう簡単に収益が上がらないために投資ができないのだ。。
と言うのも電子マネーの支払いはもっぱら1000円以下の小銭的支払いに使われるからである。皆さんがコンビニや駅の売店でものを買う時を考えれば、わかると思うが1000円以上はまれで、たいがいが数百円止まりである。こうした細かい支払いのことをマイクロペイメントという。
一回の支払いが数千円から数万円に使われるクレジットカードなら数百円単位の手数料を取ることが可能だが、一回の支払いが数百円の電子マネーでは小売店から手数料を100円も取るわけにはいかず、せいぜい10-20円しかもらえない。ところがシステム的には数千円の支払いも数百円の支払いもコストは変わらない。これでは電子マネーの胴元が元を取るのが極めて難しい。したがってEdyは収益性に難点があり、なかなか積極展開が難しいと言うことになる。

同様な理由でコンビニ電子マネーのnanaco(セブンイレブン)やwaon(イオングループ)も単独での収益化は難しいと思われるが、小銭のやりとりがなくなることでレジの合理化が図れれば、そちらで採算が取れるかも知れない。すなわち、レジの合理化手段としての電子マネーと言うことになる。
しかし、小売りチェーン毎に別の電子マネーで他では使えないというのはユーザー不在も甚だしい。

一方で、携帯に搭載された電子マネーは結構有望である。一つにはSuica同様に、インフラの費用は通信事業の方でもとを取ることができるために限界的費用は極めて低い。さらに、携帯は誰もが外出時に必ず持参する。そうなると、それに電子マネーが積んであれば、新たにカードを持つ必要がないというメリットがある。後は、セキュリティ上の理由(落としやすい、しら沼に使われてしまうなど)がどれだじぇ発展の障害となるかであろう。

いずれにしても、各社がバラバラの電子マネーを展開するのは、ユーザー視点の欠如と言うことになるので、そのうち全部が相互乗り入れになると思われる。

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2008年6月24日 (火)

デザインの引き出し

昨日のカンブリア宮殿(TV東京)は以前にこのブログで取り上げたデザイナーの奥山清行さんがゲストだったが、NHK以上に生の声というか本音トークが多く、断然こちらがおもしろかった。と言うか、同じような主旨のテーマが5月にNHK、6月に民放の両方で放映されるのは珍しいなと思った。
いくつか印象に残った言葉を紹介しよう。

彼はイタリアの超一流のデザイン工房ピニンファリーナでデザイナーとして活躍し、フェラーリのフラッグシップモデルをデザインしたことで知られる人である。

仕事の依頼が来てからデザインを考えるようでは遅い。仕事が来てから浮かぶアイデアにろくなものはない。それより、仕事が来るか来ないか分からない段階からアイデアというのは常に考えておくものだという。それだけの準備があって、始めて仕事に生かすことが出来るので、そのためには引き出しに出来るだけたくさん貯めておくことが重要だと言っていた。
全く同感である。私の20の引き出しも全く同じ発想だ。
ただし、彼の場合は毎日100のアイデアを出すことを自分に課しているというから驚きだ。

日本人は職場に仲間意識を持ち込み、仲良しクラブになりがちだが、本当のプロフェッショナルというのは、自分と同等な人か自分より優秀な人を部下に持つことで、お互いに刺激を受けて、結果として良い仕事ができるようになると主張する。
うーん、その通りだけれど、実際の企業でここまでやれる人は日本に何人いるかな。と言ってもコンサルティングファームでは当たり前のことではあるが・・。

職場が最高の学校である。
BCGは学校であると言っている内田にとってもは我が意を得たりである。

最後にほっとする話を一つ。彼のデザインした山形の鉄瓶が欧米で大変な人気で、NYのMOMA(近代美術館)に陳列されているそうだが、自動車では入りたくても入れなかったMOMAに鉄瓶であっけなく入れるのだから、人生よく分からないとコメントしていたのが印象に残った。

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2008年6月 9日 (月)

進化する自販機

Cafemenu

写真は最近はやりのスペシャリティーコーヒーショップ(早い話がスタバのようなコーヒーショップのこと)のメニューのようにに見えるが、実はそうではない。早稲田大学の校舎にある自動販売機のメニューである。

自販機と言えば、味も素っ気もないパネルとどこで飲んでも大して違いのない味の飲み物と相場が決まっていたが、この自販機は違う。
キャラメルマキアートもあれば、シナモンラテのアイスもある、さらにはフローズンドリンクまである。

Jihanki

最近のカップ式のコーヒーの自動販売機には、わざわざ販売時にコーヒーをドリップして提供する方式のものも多い。気のせいか、味もスタバは無理としてもマクドナルドのコーヒーくらいの味は出ているような気がする。こんなことを言うとマックに怒られるかな?

先日、成田からの帰りで立ち寄った東関東自動車のサービスエリアには、地方の方言で案内をする自動販売機というのが設置されていた。何の目的かは分からないが、もちろん遊び心のマシンで、各地方の方言で案内してくれるという代物である。

台数で見ても、性能で見ても日本は自販機天国であることは間違いない。その中でも金融関係の自販機の性能には目を見張るものがある。アメリカなどでは読み込んだお札が認識されないことも多々あるし、何よりも故障などでサービス停止中の自販機も数多く存在する。
日本のお札識別機の高い技術(偽札を見つける、シワシワのお札でも認識するなど)は海外でも高く評価されているとのことだ。

そういえば、日本で暮らしていた外人が国に帰るときに持って帰りたいもののNO.1に上がるのがウォッシュレットだと聞いたことがある。これも自動機の最たるものかも知れない。

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2008年6月 2日 (月)

とりあえずマック

昨晩東京12チャンネルの久米宏の経済スペシャルという特別番組で20代の若者が消費をしなくなったと現象を解説していた。
彼らお金を使わない若者を「新ニッポン人」と呼ぶそうだが、結構ショッキングな内容だった。
以前このブログでも紹介した若者の車離れは深刻だ。番組に寄れば、たとえばこの数年で20代の若者の車保有率は20数%から10%前半へと半減している。あるいは、デートにクルマを必需品と考える若者はほとんどいない。休日の過ごし方も家でぼっーとしているか、ゲームをやっている。ドライブに行く奴なんか誰もいないし、格好良いとも思わない。
普段もほとんど自宅から離れないか、せいぜいコンビニくらいしか外出しない若者を1マイル族と呼ぶそうだが、一体何が楽しいのだろうかと心配になってしまう。

あるいは、20代の3人に一人は酒を飲まないそうだ。お酒メーカーが危機感を募らせるのもよく分かる。
これもよくいわれる話だし、私も自分のゼミ生で経験しているのでよく知っているのだが、最近の学生はビールを飲まない。したがって、飲み会でも最初からチューハイやカクテルのような飲みやすい酒が当たり前で、「とりあえずビール」は死語になっている。番組でも20代を代表しているゲストの小倉優子がおじさんと飲むときは、悪いので「とりあえずビール」につきあうけど、若者同士で飲むときはビールは飲まないと発言して、久米宏をがっくりさせていた。

酒を飲まない学生がどこへ行くのかというと、なんと夜中にマックに行くと言うことで、高田馬場駅のマックが学生でいっぱいな様相が映し出されていた。そのインタビューで何をしているのかと聞かれて、学生が「とりあえずマックに来て」友達と話をする、しかも使うお金は100円のコーヒーだけだという。若者に金を使わせるのは至難の業だと言うことがよく分かった。

さらには海外旅行へ行く若者も減っているそうだ。

そもそも彼らは金を使わないのは、ものに興味がないのもあるが、それ以上に将来への不安があるからなようだ。番組でも20代で貯金をたくさんしている若者が数多く紹介されていた。中でも21歳のフリーターが月々15万円も貯金しているというインタビュー結果には驚きを通り越して、日本の将来への懸念が募る一方だった。20代で貯蓄をしている若者の数は71%にも達するという。若い内は借金をしてでも自分へ投資しろと言うのが持論の私には、ちょっとショックだった。

そういえば私の大学でも生活に困っている学生に奨学金を貸与ではなく給付するタイプのものがある(要は返済しなくてよい奨学金だ)。そうした奨学金を希望する理由を学生に聞いたら、貸与の奨学金を借りているのだが、それだと将来へローンが残るので、もらえる奨学金をもらって貸与の奨学金への返済に充てたいというのだ。開いた口がふさがらなかったが、昨日の番組を見て妙に納得してしまった。

お金を使わない若者に、日本の将来というか成長性への不安を重ね合わせたのは私のような年配者だけだろうか?

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2008年5月24日 (土)

札幌味噌ラーメンは豚汁から生まれた

2-3日前の深夜番組で未来創造堂というテレビ番組を見ていたら、どのようにして札幌味噌ラーメンが考案されたかをやっていた。
どこまで実話かは分からないが、とてもおもしろい話だった。

味噌ラーメンというのは札幌で生まれて全国に拡がったものらしい。

戦後の昭和20年代後半にラーメン店「味の三平」を札幌で経営していた大宮さんという人が、お客さんに単身赴任のサラリーマンが多かったので、栄養が偏ってはいけないと配慮から豚汁をメニューとして出していたらしい。

ある日お客さんが、豚汁を食べながら店主にこの中にラーメンを入れてくれと頼んだそうだ。そのリクエストに応えたことから、味噌に合うラーメンを作ろうとして、味噌の選択・麺の開発と進んでいったそうだ。

そして、その麺の開発を任されたのが今の西山製麺の西山さんだったらしい。

味噌汁から味噌ラーメンができたなんて愉快だな。


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2008年4月25日 (金)

日本の消費者は世界一?

先日、早稲田大学とEUの共同プロジェクトでEUから来ているビジネスマンに日本のマーケティングを教えた話を書いたと思うが、その時にした話の一つが日本の消費者の質の高さである。

たとえば、P&Gでは、かつてグローバルで成功した商品をそのまま日本に持ってきて、結果としてうまくいかなかったことから、日本の消費者に支持された商品は世界で売れるという信念がある。要するに、これほど品質(含むサービス)にうるさい日本の消費者に受け入れられれば、世界中どこに行っても大丈夫だと考えているわけである。
こうしたことの結果、日本での製品開発に力を入れ、神戸に開発の拠点を設けたのは有名な話である。

先週号の日経ビジネスにも「世界で稼ぐ「和魂商才」」と言う特集で、日本コカコーラやP&Gでの取り組みが成功し、それが世界に展開されているという記事が載っていた。

私の担当した講義では、いくつかの具体的な商品や事例を取り上げて、日本の消費者が如何に細かいか、あるいは企業の側がそれに応えるためにどのような努力をしているかを紹介した。
下の写真は、芸術とも言える日本の商品包装である。

20080425eu

これは新宿の伊勢丹百貨店で、実際に買い物をしたときの事例であるが左は親戚の入学祝いと言って包んでもらった2千円程度のボールペンの包装であり、右は伊勢丹の地下(いわゆるデパ地下)で買ったせんべいの包装です。こちらは風呂敷になっているのでよく分かりませんが、中を空けると、紙製ですが3段重ねの重箱になっており、その中におかきが入っている仕掛けです。さらに、この店では2千円の買い物に1万円札を出すと、おつりはすべて新札を用意してあった。こうした話に、当然ながらヨーロッパに人たちは大いに驚いていました。

私自身は、そうした日本人の品質へのこだわりは行きすぎではないかと思う反面、自分が買い物をするときには賞味期限を気にしたり、雑誌や本が汚れていないかなど結構細かいところまで気にしているので人のことは言えないかな。

余談ながら、皆さん是非伊勢丹のデパ地下に一度は行かれることをお薦めします。すごいです

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2008年4月15日 (火)

若者の車離れ

先日たまたま目を通した自動車専門誌「ベストカー」にちょっと気になる記事が載っていた。タイトルが「なぜ若者は車に興味を失ってしまったのか!?」という、刺激的なもので、中身は最近若者の車離れが進んでいてメーカーが困っているという話だ。
私のゼミ生や会社の若い連中と話していても感じることと合致する。

記事中に引用されていた、M1F1総研調査のデータによると、20歳から34歳までの男女を対象にした調査で、車を欲しいと思わない理由のトップ5位は
1位 今の生活では特に必要性を感じないから     74.1%
2位 車の維持費・税金が高いから        52.0%
3位 他の交通機関でことが足りているから    51.9%
4位 クルマ以外のものにお金をかけたいから    43.9%
5位 クルマ本体を買う金銭的余裕がないから     36.9%
出所:M1・F1総研発行 「若者の車離れに関する検証」
である。

でも昔だって、アンケートをすれば上の5つのうちの4位を除く、すべては当てはまっただろうなと思う。あまり説得されない。

一方で、記事の中にはテリー伊藤氏の「かつてクルマには魔法がかかっていた。乗っているだけで女の子にもてるという魔法だったが、その魔法が解けてしまったからだ・・・。」というコメントもあった。
これも嘘ではないが、すべてを説明するほどの力はないかな・・・。私自身、学生時代からクルマに乗っていて、それが理由でもてたという記憶はない(まあ、これは私の問題が大きいと思いますが)。

個人的には、環境問題の視点というのもあるだろうなとは思っている。クルマより、エコロジーに優れた電車やバスを利用しようという考えである。

さらに文中ではベストセラー「下流社会」著者の三浦展氏の言葉を引用しながら、「今の若者たちにクルマは洗剤やハンバーガーなどと同じコモディティにしか見えないだろう」、したがって、洗剤やハンバーガーに熱くなる若者がいないように、クルマに熱くなる若者がいないと結論づけている。

こうなると、正しい正しくないを通り越して、悲しくなる。
だって、私自身は車大好き人間で、クルマの雑誌を読んだり、人とクルマの話をするのが大好きだ。もちろん、いろいろなクルマに乗ってきたし、これからも乗ってみたい。

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2008年4月 1日 (火)

Wii 対 フィットネスクラブ

ビジネスブレークスルーという有料放送で、時々テレビ番組の収録をしている。現在私が取り上げているテーマは「異業種格闘技」であり、その一回目の収録が本日行われた。その番組のキャスターをやってくれている岩崎さんが最近WiiFitに凝っているという。
ご承知のようにWiiFitは、任天堂のテレビゲームのWiiと一緒に使うフィットネスソフトである。一緒に体重計のような形をしたボードがついている。

彼女に寄れば、フィットネスクラブは長続きしないが、WiiFitなら家で簡単にできるので続けることができるという。しかもWiiFitには自分のBMI指数を計算してくれたり、いろいろな記録をつけたりできるので、励みになるそうだ。
さらにはトレーナーが、頑張れとかけ声をかけてくれたり、こうやれとか見本まで見せてくれるという。また、メニューも単なる体操から、ヨガ、筋トレまでいろいろあるようだ。
そうなるとちょっとしたスポーツクラブ、顔負けである。したがって、WiiFitはちまたに林立しているスポーツクラブやフィットネスクラブと異業種格闘技をしているという。なるほどなと思った。
話はさらに発展し、WiiFitを使うときにテレビ画面を見ながらやるために当然ながらテレビ放送は見ることができない。となると、テレビの強敵はWiiFitになるのではないかという話になった。

すなわちフィットネスクラブとWiiFitとテレビ放送が消費者の同じ時間を取り合う競争をやっていることになる。これは結構使えるネタかも知れない。

気になって、ブログ検索をしてみたら、WiiFitを使って、いろいろな記録をチェックしている人は山ほどいることがよく分かった。恐るべし、WiiFitである。

岩崎さんネタの提供ありがとうございます。

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2008年3月28日 (金)

25%ルール

1ヶ月ほど前の日経ビジネスの有訓無訓というコーナーに富士重工前社長の竹中さんがおもしろいことを書いていた。

経験や実績があるベテランほど、なかなか成功の記憶や過去の発想から抜けきれないと竹中氏は主張する。これ自体は別に目新しい話ではありませんが、それを防ぐための竹中氏の25%ルールというのがなかなかユニークである。
具体的には部署が移動したり、仕事が変わったときに過去の蓄積の25%を捨ててしまえという方法です。
竹中氏によれば、何かを捨てなければ新しいことを吸収できないそうである。
たとえば新しい車を開発するとき、10%捨ててもあまり大きな変化はない。そうした小さな変化では、お客が気づいても飛びつかない。それが25%の差があれば、顧客も飛びつくし、競合にもすぐ追いつかれないと言うことだそうです。

経営コンサルタントを20年以上やっていて、その蓄積を100%保持したまま、大学教員の仕事にチャレンジしている私には耳の痛い話です。
大学教員として新しいものを出して行くには、25%捨てる。うーん、「言うは易く行うは難し」だな。

竹中さんはお会いすると学者のような雰囲気を醸し出す方ですが、芯が強いというか実は激しい人なんだなと言うことがよく分かるコラムでした。
実際、トヨタ自動車との提携を決断したのも竹中氏です。

今日のブログは出張帰りの新幹線から、アップしました。

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2008年3月14日 (金)

ZOPA

先日(3/7)の日経新聞に、
「個人の資金貸し借り、ネットで仲介
英ゾーパ、日本進出
10月にも事業開始」
という小さな記事が載っていた。

一言で言えば、小金を貸したい個人と小金を借りたい個人を仲介する事業である。
個人的にはこれは大きな流れになるのではと思っている。

問題は、
1)資金の出し手がいるか
金を貸してみたいという個人がたくさんいなければ成り立たない
大口投資家であれば一人でも良いが、何千人・何万人という個人投資家を集めて初めて成り立つビジネスである。
2)借り手がいるか
いくら貸し手がいても、ネットで借金を申し込む人がいないと話は始まらない
3)焦げ付きのリスク
貸し手が個人なので、元本が毀損するようでははやる可能性はない
4)事業主(仲介者のこと)がsustainableか
事業として、継続可能で利益を上げることが出来なければ長続きしない

1)の貸し手については、銀行に預けても、コンマ何%しか利子が付かない。一方で、株式投資や不動産はリスクが大きい。あるいは元手として大金が必要である。
わずか数百万円の金でも有利に運用したいと考える個人は多いはずだ。したがって、貸し手には困らないはずだ。

細かい解説は省くが、ネットの特性を利用すればこうしたPtoP(ピアツーピア:個人間の直接取引、CtoCとも呼ばれる)は十分ビジネスとして成り立つと思う(注)。すなわち、4)は問題がなさそうだ。

問題は2)だが、我が国では個人のちょっとした借金は消費者金融とクレジットカード会社に限られ、銀行から直接借りる手段はきわめて限られる。住宅ローンや車のローンのように担保があったり、使途がはっきりしたものは銀行でも借りられるが、用途が不特定のローンはあまり普及していない。となると十分ニーズはありそうである。後は消費者がこうしたネット上の取引をどれくらい敷居が高いと感じるかであるが、少額であれば十分可能性があるのではないか。

3)の焦げ付きリスクであるが、これは正直どれくらいになるか分からない。
新聞記事ではイギリスの場合は貸し倒れ率は0.1%くらいと書いてあるが、日本ではこの率は難しいのではないか?しかし、0.5~1.0%位でとどまるのであれば十分成り立つと考えられる。
もちろん、個別の焦げ付きに対する対策は別途必要で、本家のゾーパでも分散貸し出し、保険制度の導入でこうしたリスクを低減しているようだ。

貸し手にとってどれくらい有利な投資になるかであるが、銀行預金や債券投資よりリターンの良い投資ではあるが、イギリスの場合は貸出金の上限が500万円くらいにセットされているので、これで大金持ちになるのは無理だ。

(注)もし、PtoP型の事業について興味がある方は、私の書いた「CtoCの仕組み革新-バリューチェーン型からネットワーク型へ:eBay-」という記事を参照ください。
eBayを事例にコミュニティ型のビジネスがなぜ有望で、どのような競争原理になるのかを取り上げています。
嶋口充輝編「仕組み革新の時代」有斐閣の第8章p211に載っています。

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2008年3月12日 (水)

幻の電子マネー

先日紹介したICテレホンカードと同じく、日の目を見なかったICカードがある。10年くらい前に各地で実用実験が行われた電子マネーである。

私の手元にも「VISA CASH」と呼ばれて、渋谷地区で大々的に展開された電子マネーの現物が残っている。
Visacash

これは、よく見ると左上にDisposableと書いてあって、使い捨て型の電子マネーである。もちろんチャージ型のものもあった。名前の通り、クレジットカード会社のVISAカードが電子マネーの普及を狙って大々的に展開したものである。

このカードがなぜ普及しなかったかといえば、ユーザーのメリットが少なかったというICテレホンカードと同じ理由に突き当たる。

  • まず、使える店が限られていた。そうなると小銭と併用せざるを得ない。
  • 今のように携帯電話が普及していなかったので、チャージするためにわざわざチャージできる場所(数カ所しかなかった)に出かけないとならない。
  • また、残高を確認するのも面倒くさく、チャージ機で確認するか、購入するときにお店で確認するしかなかった。
  • 全国どこでも使えるわけではなく、渋谷だけ、新宿だけあるいは大宮だけのように地域限定で実験されていた。しかも実験主体が異なっていた(と言うことは企画や仕組みが異なっていたということ)
  • 既に存在する何らかのカードに機能が追加されるのではなく、全く新規にカードを購入(手に入れる)必要があった。
  • あまり、人に見られたくないものを買う場合に、身元がばれてしまう懸念があった。(別に法に触れるものでなくても、ある種の週刊誌、嗜好品など自分の購買履歴を知られたくないものは結構ある)


ここでの結論も、ユーザーにメリットの見られない独りよがりの仕組みは成功しないということである。
ただし、他に代替手段があると言うことが条件であり、独占的な事業を営んでいる場合はその限りではない。上記の例でいえば、現金やクレジットカードという代替手段が存在したために普及しなかったのである。

ということは、テレホンカードの場合も、磁気式カードと公衆電話をすべてICカードに変えてしまえばユーザーは否応なしに移行したと思われる。

ところで、こんな10年も前の電子マネーを何で今も持っているのだと不思議に思う方もいるかも知れない(普通は気にしないと思いますが)。
結構収集壁があるのです。
小学校時代に貯めた電車の切符も実家のどこかに残っているはずです。
もちろん、切手収集もやってました。これは、どこに行ってしまったか不明です。

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2008年3月 8日 (土)

サプライヤーロジック

昨日タクシーに乗ったら、後部座席の広告ポケットにこんなチラシが載っていた。

Ic001

要するにNTTがICテレホンカード用の公衆電話サービスを終えるに当たって、未使用のICテレホンカードがあれば、使えるテレホンカード(テレカ)に交換しますよ。というお知らせだ。
皆さんICテレホンカードを使ったことがあるだろうか?
偽造テレホンカードに手を焼いたNTTが磁気の代わりにICチップを埋め込んだ安全性の高いテレカとして導入したものだ。

Ic002_2

ところが、全く普及せずに結局廃止の憂き目を見るに至った。
新しい技術(IC)が古い技術(磁気)に置き換わったというか逆戻りした珍しい事例である。それではICカードが問題なのかと言えば、もちろんそんなことはない。
同じ時期に同じように磁気カードからICカードに変わって、テレカとは逆に大成功を収め今日もまだ進化し続けているカードがある。イオカード改めSUICAである。

Suicaの方が非接触式のためICテレホンカードに比べて多少使い勝手は良いが、技術的にはどちらも同じようなものであり、いわゆるICカードである。
それではなぜ、片方が廃止され、片方はますます発展しているのであろうか?

内田流の解釈は、ICテレカはNTTにとってのメリットは明確だったが、消費者には磁気式と比べて特段のメリットがなかった。それに対して、Suicaの方は消費者に明らかなメリットがあったためである。
もう少し具体的に言えばテレカは偽造で被害を被っていたNTTが自分たちにとってメリットの大きい(すなわち偽造しにくい)ICカードを入れたのに対して、消費者から見ると従来の公衆電話では使えないICテレホンカードは却ってサービスレベルが劣る商品だったと言える。ちまたに磁気カード用の公衆電話とICカード用の公衆電話が混在していたのを覚えている人もいるかも知れない。
JRの方はもちろん事業者のメリットもあるが、それ以上に消費者の利便性が向上したことが上げられる。例えば、定期を使って乗り越しした場合は、従来は精算窓口で支払いをしなくてはいけないのが、チャージさえしておけばそのまま改札を通り抜けられるとか、あるいは定期券を紛失した場合再発行してもらえるとか、明らかに従来の磁気カードより使い勝手が良かった。

こうした基本機能の充実があって、初めて電子マネーとしても普及したのだと思う。
今やクレジットカードになったり、携帯電話に組み込まれたり、私鉄と相互乗り入れになったりととどまるところを知らない。Edyに代わって電子マネーのスタンダードになるのではないかという声すらある。ICテレホンカードの末路とは大きな違いである。

新しい製品を発売したり、新しいサービスを提供する場合は、事業者側の論理(サプライヤーロジックという)ではなく消費者側の論理(ユーザーロジックという)が大事なことを表す好例である。

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2008年3月 3日 (月)

ポケットのノート

一昨日の日経新聞交遊抄は、作家の梯由美子(かけはしさんと読む)さんだった。梯さんは第二次世界大戦で全軍玉砕した硫黄島の総指揮官だった栗林忠道中将を扱ったノンフィクション『散るぞ悲しき』を書いた人だ。

その梯さんがポケットのノートと題して取り上げているのが、いつもポケットに小さなノートを入れていた作家の東君平から梯さんへのアドバイスだ。
編集者だった梯さんが編集社を辞めて作家になるに当たって、こう言ったそうだ。
「筆を汚してはいけませんよ。」、「お金がなくなったら友達に借金するか男を騙すかしなさい。おかしなものを書くよりずっといい。」

こういう話が大好きだ。
プロなら、この心意気で仕事をしないと、プロじゃない。

このアドバイスをしてくれた半年後に東さんはわずか46歳で亡くなったそうだ。
新聞には作家とだけ書いてあったが、ネットで調べてみると、童話を書いたり、切り絵を得意としていたらしい。

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2008年2月27日 (水)

佳能

昨日、日本マーケティング協会主催のアジア・マーケティング経営者会議のパネルディスカッションでモデレータを務めてきた。
メンバーは、味の素で中国・アジア事業に責任を持つ長町氏、キヤノンの中国アジア・マーケティング社長の小澤氏、資生堂中国事業部長の高森氏の3名と私だ。

アジア、とりわけ中国で日本企業がマーケティングを成功するためのカギについて話をしてもらったが、大変おもしろかった。モデレータが自分でおもしろかったと言うのもおかしいが、メンバーが優秀だったのとモデレータのうまい進行(自画自賛)のおかげで、雑誌・新聞あるいは普通のスピーチなどでは聞けないようなvividな話が聞けた。特に現地で実際にビジネスをやっている企業ならではの話が飛び出していろいろと勉強になるパネルディスカッションだった。

例えばキヤノンではそれまで中国では英語名のCanonをブランドとして使っていたが、それが読めるのは全国民の1割もいないことが分かってから中国語のブランド名「佳能」を併記するようになったそうである。格好悪いし、グローバルブランドの教科書(セオリー)には反するが、ブランドイメージを云々する前に知ってもらう(認知度を上げる)ことが肝心だという話などは、実践は教科書通りには行かないと言うことがよく分かって、大変興味深かった。

あるいは資生堂さんの広告やモデルを時系列で見ていくと中国人女性の美が洗練されていく度合いがはっきり分かるという話を女性誌の表紙とポスターを使って見せてもらうと、なるほどなという感じだった。(それにしても中国人モデルはきれいだな。)

また、ローカルの組織のマネジメントに関しても、優秀なローカル人材の活用や維持については各社とも悩みが多いと言う話が出たが、これは既によく知られた話である。
一方で、個人的におもしろいと思った話は、言語の話だ。欧米外資系では社内はすべて英語に統一されているので、コミュニケーション上の問題や不満は比較的起こりにくい。それに対して、日系企業では日本語(幹部に日本人が多いので日本人同士+日本語の分かる幹部)、英語(ローカルスタッフと日本人幹部のコミュニケーション)、中国語(ローカルスタッフ同士)が入り乱れているので、コミュニケーション上の課題あるいは不満が多いという話はウーンとうなる話だった。

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2008年2月20日 (水)

人は余っている?

ベストセラーになった「80対20の法則を覆す ロングテールの法則 」を書いた菅谷義博さんからおもしろい話を聞いた。

彼は、ガンダムのプラモデルなどを海外のユーザーに売るサイトを持っているというか事業をやっているのであるが、その売り先はヨーロッパが中心で、しかも英語圏ではないフランス、イタリア、スペインが多いという。そのため、サイトも日本語以外に、英語、フランス語、イタリア語で展開しているのであるが、そのサイトを作ったり、消費者からの外国語の問い合わせに答えるために語学が堪能な人間を必要としているそうだ。

ところがそうした人間が驚くほど安い給料で簡単に雇うことが出来ると言うから驚きだ
彼に言わせると日本は人手不足と言うが、それは間違いで人は余っているという。どこに余っているかと言えば、家に余っているのだという。

要するに、子育てなどの理由で家を空けられない主婦で英語が堪能、あるいは一流大学卒などの女性が、仕事がやりたくてもやれない状態で山ほどいるのだという。

大変考えさせられる話で、今後日本の労働人口が減っていく中で、女性の活用は叫ばれているものの、実際にその活用があまり進んでいないことを示している逸話である。

ちなみにガンダムのプラモデルや外国語のECサイトに興味がある人は、下記の菅谷さんの会社のサイトを覗いてみてください。
Plamoyaonline 
http://plamoya.com/en/?disp_order=2


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2008年2月18日 (月)

需要創造

昨日、法事の会食で葉山にあるレストラン「ラ・マーレ・ド・茶屋」を訪れた。

Chaya001

メニューにノン・アルコールのカクテルがいろいろあるとのことで、どうしてなのかを聞いたら、おもしろいことを教えてくれた。
お酒に対する消費者の問題意識の高まりから、お店でアルコールが売れなくなったそうである。これはこれで、そうだよねという話なのだが、その売上減をカバーするために商品開発を行った結果だというのに感心した。

行かれたことがある方は、知っていると思うが、日影茶屋のある葉山町のあたりは、海に面した素晴らしいロケーションであるが、近くに鉄道の駅がない。車を使わずに行くとなると、最寄りの逗子駅からバスかタクシーを使わないといけないためにとても面倒くさい。
そこでこれまで通り車で来る人が多いそうであるが、そのためお酒が売れないということらしい。

そこで、お店もお水やジュースしか売れないのでは稼ぎが少ない
(これは私の仮説)ということで、需要創造を図るためにノンアルコールの飲み物で、かつ単価の取れるものということでカクテルをいろいろ開発しているとのことだ。

写真の飲み物はその内の一つである。

Chaya002

言われなければ、アルコールが入っているかどうかは全く分からない
お酒のみの人には当たり前かも知れないが、私のようにお酒をほとんど飲まない人間にとっては新鮮な話だった。

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2008年2月14日 (木)

発想力

私が頼まれる講演のテーマと言えば、戦略に関するすること、あるいは企業改革のやり方、リーダーシップ論などが多い。どちらかというと対象は企業の経営者だったり、不特定多数の企業のビジネスマンのことが多い。

ところが、それ以外に最近多くなっているのが、中堅幹部や若手社員を鍛えてくれというニーズだ。私は研修屋ではないので、そう簡単には引き受けないのであるが、知り合いや義理のある人から頼まれるとつい引き受けてしまう。結果として、いろいろなタイプの会社で講演あるいはレクチャーをすることが多くなった。そうした講演の場で必ず出る質問が、どうしたらそうした発想法が身につくのかというものだ。あるいは内田さんのやり方を教えてくれというものだ。

私個人は、発想法よりは発想した結果のアイデアなり、視点なりに興味があるのであるが、私の話を聞いた人は、自分がどうしたらそういうことが出来るのかにより興味があることに気がついた。
というのも、多くの人の場合は、戦略を考えることがそんな簡単な話でもなければ、私ほどの経験を積んでいるわけでもない。と言うことで、アイデア出しや飛んでいる発想のために結構苦労しているらしい。

となれば次に書く本は、私の発想した結果や戦略コンセプトをいろいろ書いたりするのではなく、どうしたら優れたものの見方が出来るかのハウツー本なのかも知れないと感じている。

しかし、これは簡単な話ではない。というのも私の発想法やものの見方は、私自身の長年の試行錯誤の結果、身につけたものであり、決して最初から出来上がっていたものでもなければ、万人に使える汎用的なものでもない。あるいは体系的に整理してあって、あるパターンにはこれを当てはめて使っているわけでもない。さらに言ってしまえば、あまり苦労しているという感じはなく、楽しみながら自然と出てくるのである。
したがって、そんな簡単に料理のレシピのように示すことが出来ないのである。

でもその前に本を2冊も仕上げないといけないし、どうしようかな。


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2008年2月13日 (水)

おひとりさま

先日、用事があって二子玉川ショッピングセンターに行ってきた。平日の昼間にも拘わらず、大変な賑わいだったが、大半の客は女性客であった。しかもみんなおしゃれな格好をして、高そうな商品を買ったり、高級レストランが一杯で繁盛していた。恐るべし女性パワーである。

昼飯の時間帯だったので、そば屋に行った。そこでも、女性のグループ客か、女性の個人客(すなわち"おひとりさま"
(注))のどちらかで、私のような中年男子は見かけなかった。ここまでの話なら、どこにでもある普通の話である。皆様、特に驚かないだろう。

私が驚いたのは、私のそばで"おひとりさま"の女性が2人続けて当たり前のようにそばと一緒に生ビールを注文したことである。2人とも、どちらかと言えば中年に近い女性ではあったが、きちんとした身なりだった。
私は何も女性がビールを飲むことに驚いたわけではない。私の周りにも男性より酒の強い女性はたくさんいる。真っ昼間から、ジョッキでビールに驚いたのである。

10-20年前だったらいざ知らず、男性ビジネスマンが昼間にビールを飲むことは最近ではあまり見かけなくなった。もちろん、接待などで昼食時にビールを飲むことはあるが、一人で昼食を取るときにスーツ姿の男性がビールを飲んでいるのにはお目にかかったことがない。
それを女性の一人客が昼間から堂々とレストラン(と言ってもそば屋ではあるが)でビールを飲む、ちょっとびっくりした。

もちろん、コンサルタントであるから、いろいろ理由(仮説)を考えて見た。私が思いついた仮説は以下のようなものです。

  • そんなことは当たり前で、知らない内田が遅れている。
  • 全くの偶然で、昼間から女性が人前で一人でビールを飲むことはまずない。
  • 主婦にとって、夜は食事の用意や子供の世話など、かえって忙しいので、昼間の時間帯がオフなのである。オフにちょっと一息ついて、何が悪い。
  • 夫の小遣いが減額されて昼間にビールが飲めなくなったのに対して、女性は買い物のついでに贅沢を出来るようになったという社会風潮の一環。
  • 内田和成が本当は覗いてはいけない女性だけの空間に紛れ込んで、見てはいけないものを見てしまった。

どれも今ひとつ自信がありません。これはどう解釈したらよいのか、どなたか教えてください。

注)おひとりさま
"おひとりさま"については、知っている方々も多いと思いますが、念のため出典を上げておきます。
http://ohitorisama.hershe.co.jp/ohitorisama/contents/iwashita.html
元々はジャーナリストの岩下久美子さんによって提唱された女性の生き方を示す言葉だったようですが、現在では飲食店などで女性一人の顧客セグメントを示す言葉として使われています。男性顧客にはあまり使われませんが、そのうち男女の別がなくなると思われます。

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2008年2月 4日 (月)

マネーボール

昨日のNHKスペシャル、日本とアメリカの3回目は「日本野球は“宝の山”」と称して、アメリカのメジャーリーグのボストン・レッドソックスの経営が取り上げられていた。アメリカのメジャーリーグが日本のプロ野球と違って、まるで企業のように経営している話を取り上げたドキュメンタリーでおもしろかった。

ちなみのボストン・レッドソックスは2000年頃に倒産の危機にあったのを現オーナーが買い取り、再建に成功したそうである。彼は元々は投資で巨額の富を築き、メジャーリーグ球団を買収したそうだが、彼は金融における投資とリターンの関係を野球に持ち込んで成功したと紹介されていた。その担い手として雇われたのが当時弱冠28歳のセオ・エプスタインだった。
彼はこれまでの野球の常識として使われている評価尺度ではなく、新しい評価尺度を導入した。これによって、より勝率の高くなるチームを作れると同時に、そうした選手は過小評価されているので、大変安く雇い入れることが出来る。
たとえば投手を評価する指標として、従来もっとも大事とされていた防御率ではなく、新たな指標として三振÷四球を使ったところ、日本の岡島が大リーグ平均を遙かに上回る良い成績だったのに目をつけて、FA宣言すると同時に雇い入れた。岡島の場合は、従来の尺度ではそれほど高く評価されていなかったの、大変安い年俸で雇えたそうである。
こうしたことの結果、買収当時から売上は5倍になり、今や1100億円を超えていると言うから驚きだ。

このあたりの話は以前BCGの同僚の御立氏から勧められてとてもおもしろかった「マネーボール」という本の内容にそっくりだった。ある意味オークランドアスレチックの二番煎じなのだが、金のない中で苦労して作り上げたアスレチックモデルと、金の力にものを言わせて作り上げたレッドソックスモデルといった違いなのかもしれない。
いずれにしてもオークランドアスレチックスのGMだったビリービーンは偉大だったなと思う。興味のある方は、単行本の「マネーボール」をご覧ください。野球に興味がない人でもビジネス書として、あるいは企業変革物語として大変ためになる本です。

またこの番組の中でも日本のプロ野球が親会社の広告等して経営されているのに対して、アメリカのメジャーリーグは単独の事業として経営されている点が大きく異なると紹介されていた。このあたりは、Jリーグとプロ野球の違いと全く同様である。
たとえば、メジャーリーグの放映権はリーグ全体で管理されており、全体で年間2000億円に上る放映権の内、海外のテレビやインターネットでの放映権分はリーグに属する30球団に均等に配分されるそうである。

このあたりの野球とサッカーのビジネスモデルの違いについて興味のある方は、私が以前書いた下記の記事を参照してください。
プロ野球とJリーグは本当に競争しているのか(2007.1.8)

プロ野球のビジネスモデル(2007.10.25)

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2008年2月 1日 (金)

キョロキョロする好奇心

昨日、市ヶ谷の私学会館で日本マーケティング協会の新年賀詞交歓会があり、それに先だってマーケティング協会の新会長で花王の現会長でもある後藤卓也氏が「企業の成長を支えるマーケティング」と称して、講演を行った。
これまでこうした催しには参加したことはないのであるが、何しろ恩師の嶋口先生がマーケティング協会の理事長になったので、何はともあれ駆けつけなくてはと思って行ってきた。

花王の前会長の常盤氏とは一緒に本を書いたこともあるのでよく知っているのであるが、後藤氏については以前挨拶を交わした程度で人となりはあまり知らなかった。常盤さんは時々哲学っぽい話などが混じるが、話し好きで、愉快な人というイメージに対して、今日聞いた後藤さんの話は、彼の人柄を感じさせるまじめな花王らしい話だった。
何しろ、講演の締めの言葉が「凡を極めて、非凡に至る」だった。花王の企業文化そのものである。

その中で、あれこれって私に似ているなと思ったのが、「キョロキョロする好奇心」という言葉だった。彼は電車で通勤することが多いらしいのだが(これだけでも大企業のトップとしては珍しい)、その時に電車の中であれこれいろいろ見るのだという。たとえば電車の中吊りを見れば週刊誌の見出しから、世の中で何が今話題になっているかがおおよそ分かる。あるいは、みんながどんな格好をしているか、あるいは何をしているのかを観察するという。これをキョロキョロする好奇心と呼ぶそうである。
これは私が日頃やっていることとそっくりだ。ブログの読者は知っての通り、私の場合は観察に加えて、デジカメで写真を撮る。電車の広告だったり、駅のポスターだったり、人の流れだったりするわけである。

後藤氏の話に戻る。彼に言わせると電車の中で観察をしないで携帯をいじり、会社について始めて今日は消費者のことを調べるぞなんて言う社員には絶対消費者のことが分かるわけがないそうだ。花王の社員にもそう言っているとのことだ。全く同感である。
携帯やPCの画面をじーっと眺めていて、ビジネスや商品のアイデアが浮かぶほど世の中甘くはない。あるいは消費者に何が欲しいか聞いて、ダイレクトに商品化につながる答えが返ってくることもない。消費者の行動や言動を注意深く観察することで初めて、消費者自身も自覚していない潜在化ニーズを掘り起こすことが出来るのだ。

話は前回と前々回のプロフェッショナルの話に戻るが、こんなに反響があるのはテーマが良かったのか、イチローを取り上げたせいか、Jさんの投げかけが刺激的だったせいか、よく分かりませんが、いいディスカッションが続いていると思います。こういう時にブログをやっていた良かったなと思います。ただ読んでいてもらうだけでももちろんうれしいのですが、自分の意見が波紋を呼んで、議論が進化していくのが一番うれしいです。

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2008年1月27日 (日)

成田空港のスキー客

修士論文の審査という大事なときに風邪を引いてしまい、大変しんどい思いで審査に臨んでいる。昨日がピークだったが、もう一日残っている。
そんなさなかに長女がオーストラリアへ留学のために旅立っていた。そのために成田空港まで見送りに行き、先ほど戻ってきたところである。

今日空港でびっくりしたことがある。娘の行き先がメルボルンというこで、直行便のあるカンタス航空に搭乗したのであるが、チェックインカウンターで見たものは実にたくさんのスキーケースだった。それが日本人のスキーケースなら、行き先はオーストラリアではなくヨーロッパやカナダのはずだ。

実は、それらはすべてオーストラリア人(カンタス航空に乗る家族連れなので、勝手にそう決めつけたわけであるが)の家族連れのものだった。何でこんなにたくさんのオーストラリア人がスキーを抱えてオーストラリアに行くんだと思ったのでのあるが、考えてみれば彼らはオーストラリアに行くのではなく帰るのだった。

そして、ああそうか、最近北海道のニセコがオーストラリア人やニュージーランド人でにぎわっているというのを思い出して納得がいった。要するに夏休み(南半球のオーストラリアは今が夏の真っ盛り)を利用して日本にレジャーに来ている連中が帰るところなんだ。
「一便にスキー客だけで何十人か乗っている」ということは、本当にたくさんのオーストラリア人やニュージーランド人が日本に来ているんだなと実感した次第である。

同じような話で、九州のゴルフ場では韓国から飛行機に乗ってやってくる韓国人が多いとか、昨年度日本から韓国へ行く人より韓国から日本へ来る人の方が初めて多くなったと言う話もある。また、秋葉原で見かける多数の中国人、あるいは香港や台湾から定期的に東京にやってくる若者たちの話など、これまで海外旅行と言えば日本人が海外に行く話ばかりだったのが、日本へ来る外国人の話題が多くなったのを感じる。

人口は減っていく、経済成長はそう期待できないとなると、これからの日本は観光立国で食っていくことを真剣に考えないといけないのではないかと感じた今日の出来事だった。

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2008年1月24日 (木)

味のプロフェッショナル

銀座にかわむらというステーキ屋さんがあります。
知り合いの大企業の会長さんから紹介していただいた店ですが、日本で一番おいしいステーキやさんです(もちろん私見=独断と偏見です)。
そこのシェフの河村さんと話をしていると、プロ魂を感じます。

例えば、彼は肉の銘柄にはこだわらないというのです
銘柄(産地)ではなく、そのとき一番状態の良い肉を使うのがベストのステーキであると言う信念の基、あまり聞いたことのない産地の肉まで使って最高のステーキを提供してくれます。

「いい肉であればいいステーキになる。」
簡単な言葉ですが、すごい自信です。
肉を見極める自信とそれを最良の方法で調理する自信の両方がないと言えない言葉だと思います。

肉をステーキにするタイミングとか、付け合わせの野菜の下ごしらえとか、えっ、何でそんなに手間かけるのと言うくらいかけますが、味付けは素材の味を生かすためか本当にシンプルです。ステーキはほとんど何もかかっていません。
でも絶品です。

四谷に三谷という寿司屋があります。三谷さんという若いオーナーがやっています。こちらも大変おいしい寿司を提供してくれます。
しかし、三谷さんは産地に徹底的にこだわります。
しかも調理方法や握り方をあれこれ工夫して、いつも違ったものが出てきて、楽しませてもらっています。四六時中、調理方法を考えて、いろいろ試行錯誤しているそうです。
こちらは素材もさることながら、それをどう料理するかということに心血を注いでいるように見えます。

どちらの店もむちゃくちゃおいしいです。
まとめて語っては怒られそうですが、二人ともプロだなと思います。。
店はかわむらは8名も入れば満席です。三谷も10名は入らないでしょう。それが目が届く限界だと言ってます。

二人ともアプローチは違いますが、顧客を満足させるためにどうしたらよいかと考えている点、それを実際にいろいろ試してみる点、そして徹底的にクォリティにこだわっている点、さらに一カ所にとどまらずに常に今日は昨日より上を目指し、明日はまたさらに上を目指して精進している点が共通です。止まったら負けだと思っているのです。

コンサルタントもこうありたいものです

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2008年1月22日 (火)

“Tata”ショック

インドでもっとも成功している日本企業がスズキ自動車であることはよく知られている。元々は政府との合弁企業で、道中いろいろあったが現在はスズキが主導権を取って経営を行い、インドの自動車市場で50%近いシェアを誇っている。
今日は、そのスズキの成功物語を言いたいわけではない。逆にスズキも気をつけないと大変なリスクにさらされているという話だ。

今月10日に、以前から噂のあったインド地元企業による国産低価格車がいよいよ正式に発表された。タタ(Tata)財閥系のタタ自動車によるNanoと呼ばれる People's car だ。日本に昔スバル360という名車があったが、それを思い出せるシェイプだ。

http://www.just-auto.com/articleimagelist.aspx?ID=93532

価格は驚きの1台10万ルピー(ドルで言うと2500ドル、日本円なら27万円だ)。スズキの最量販車のマルチと比べて半値だという。日本では軽自動車でも80万円は優にするから、およそ1/3の価格である。

私の問題意識は、自動車においてもイノベーターズジレンマがインドをはじめとする新興国で起きるのかどうかと言うことである。
最初に作られた2500ドルカーは、既に自動車に乗っていたり、買いたいと思っていた人を満足させることが出来ないとしても、何でも良いからあるいは中古車でも良いから自動車が欲しいという人やバイクからのステップアップを考える人には十分な性能なのかもしれない。
そうなると日本メーカーのように日米欧を中心とした成熟市場で高品質でリーズナブルな価格の車を売ってきたメーカーにはチャレンジが訪れるのであろう。あたかも、ビッグスリーが70年代から80年代にかけて、小さくておもちゃみたいな日本車を「あんなものは車ではない、ガソリン代が下がればやがて我々の作っている大型車の時代が戻ってくる」と思っているうちにアメリカ市場を日本車に席巻されてしまったのと同じことが起きるのかもしれない。

一方で、この車はこれまでの日本車のような「すりあわせ技術」で精緻に組み立てられるようなものではなく、おもちゃのレゴ・ブロックのように定格の部品を組み合わせて作られると考えられている。
これは、電機製品で言えばPCに近い。PCメーカーは世界中からもっとも安い部品(標準部品)を探してきて、それを組み合わせて生産するだけで、組み立て時間は1台10分にも満たない。
その点から見れば、この車は生産革命をもたらす車とも言える。

こんなことを書いていたら、昔アメリカのパソコンメーカーのコンパック(現在はHPに吸収されてしまった)が日本市場に参入してきたときに、破壊的低価格で来たためにコンパックショックと呼ばれ、それまで日本市場でガリバーだったNECが大打撃を被ったことを思い出した。

世界の自動車メーカーにとって、この話が将来タタ・ショックと語り継がれることがないように祈っている。

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2008年1月12日 (土)

パナソニック

今日の日経に松下電器が社名をパナソニックに変更する話が正式に決定したと載っていたいた。「えっ、松下がなくなっちゃうの!」と言う驚きである。

松下は一昔前まで『国内での松下』、『海外でのパナソニック』以外にも、『AV関係ではテクニクス』という別のブランドまで持っていて、ブランド・アイデンティティの分かりにくさは以前から指摘されていた。おまけに、ビクターという別会社ブランドまで存在していた。
しかし、ここ数年は社名以外の部分でパナソニックへの統一が進んでいたため、社名変更も時間の問題と言えば、時間の問題だったのかも知れない。ビクターも売却してしまったし・・・。

松下と逆のブランド統一を行ったのが日産のケースだ。日産は昔は『国内では日産ブランド』を使い、海外特に最重要マーケットの『アメリカではダットサン』という別ブランドを使っていた。10年以上も前であるが、グローバルブランドに統一する必要があるというときに、海外で慣れ親しんだダットサンを捨て、すべてを国内と同じ日産(NISSAN)に統一した。当時は新ブランド浸透のためだけにアメリカで200億円という巨額の金を広告宣伝やCIに使って、成果があまり上がらず失敗だったと言われた。しかし、今から考えるとあのときやっていなければ今頃は大変だったのではないかと思う。今やNISSANは世界で知られた統一ブランドとなっている。

松下の話に戻ると、我々の世代であれば、経営の神様としての松下幸之助の現役時代を知っているだけについに松下の名前が消えるのかとそちらの面で感慨深い。個人的にももっとも尊敬する経営者を二人あげろといわれれば、本田宗一郎と井深大と松下幸之助の3名の中から選ぶのではないかと思っている私にとっては、頭では正しい戦略と理解しても、やや寂しい思いはぬぐいきれない。

こうした思い切った意思決定は中村社長が徹底的な破壊を行い、次に大坪社長が再構築を行うための象徴と見ると分かりやすい。この話、新聞では大坪社長の決断のように書かれているが、今回の仕掛け人は実は大坪社長ではなく、中村会長なのではないかと思う。

ここまで思い切った意思決定をしたのだから、後はパナソニックブランドを徹底的にグローバルブランドに育て上げて欲しい。かつては安売りブランドの代名詞だったサムスンが今では高級ブランド化しているのがいい先生になるのではないか。

やや飛躍するが、ソ連が崩壊し、一度どん底まで落ちてからロシアとして再度大国に生まれ変わるまでには、破壊したゴルバチョフ、再構築に失敗したエリツィン、再構築に成功したプーチンと3代にわたるリーダーを必要している。松下も中村、大坪という二人の経営者が違うステージをマネジすることになったと思わえば分かりやすい。3人目が必要になることのないように祈っている。

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2007年12月25日 (火)

キラーパス型人材

先日友人と話をしていて、サッカー選手のタイプと企業の人材の話になった。

今のサッカー日本代表には確実なパス回しをして、徐々に敵陣に攻め込んで最後にシュートまで持っていくタイプの人材が多い。と言うのもそういうスタイルを教えているからだ。
このパス回し型の特徴はみんなが誰が何をやるかが分かっている点にある。具体的に言えば、味方の誰から見ても次はどこへパスが行くの分かりやすい。仕事で言えば、次の仕事が見えるのでこちらも準備しておけるために一緒に仕事がやりやすいし、間違いが少ない。
このタイプの欠点は、相手から次の手を読まれてしまうために守られやすく、最後の点を取るところが大変難しいところにある。確実であるが意外性がないと言うことになる。

このパス回し型の逆と言えるのが、キラーパス型である。通れば一発逆転もあり得るきわどいパスを回して、うまくいけば敵の裏をかいてシュート&得点で終わるが、キラーパスが通らず失敗すると敵にボールを奪われての逆襲を受け大ピンチとなる。というのも、キラーパスをカットされるとこちらは攻撃態勢のままで防御の準備が出来ていないので、敵の攻撃を防ぐのがきわめて難しくなる。いわゆるカウンター攻撃を受けるのである。
このタイプの欠点は、単にパスが通らないだけでなく、時には味方ですらそのパスを予測できない点にある。サッカーで言えば、中田英寿タイプだ。

翻って、企業のことを考えてみても、こうしたキラーパス型の人材がたまにいるよねという話になったわけだ。一発大逆転の大型商談を仕掛けたり、当たれば大きい商品を企画したりを一人であるいは他人の理解を得られないまま仕掛ける人のことだ。意外性があって、当たれば大きいが、失敗した場合のリスクも高いことが多く、普通の組織では自分勝手な奴として嫌われることもある。

もしかしたら、あなたの周りにいる一見身勝手で予想外の行動ばかりして、みんなから嫌われている人間も実は中田英寿みたいなキラーパス型の人材かもしれませんよ。

おまけ
もちろん、チーム全員がキラーパス型では困るわけで、大半がパス回し型の中に一人二人キラーパス型がいるのが良いと言うことは承知の上で書いています

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2007年12月22日 (土)

李明博大統領と清溪川

以前、韓国に仕事で行ったときにソウル市内に人工の川があって人がたくさん集っていたという話を書いたことがある。「ソウル便り最終回」というタイトルである。その川が実は人工の川ではなく、元々実在した清溪川という川を再生させたもので、それを行ったのが今回韓国の新大統領になった李明博氏だと知ったときには、これまであまり韓国の政治に興味もなく縁もなかったのが一気に親しみを覚えて、距離が縮まった気がした。

李氏は以前ソウル市長だったときに、ソウルの活性化に成功し、評判を上げたわけであるが、そのときの施策の一つが古い川をよみがえらせて人々の憩いの場所や観光名所に復活させたことだったそうだ。
このあたりの話は東大のCOEプログラム:国際シンポジウムに李氏本人が出席したときのことが書いてある下記のサイトに詳しい。

http://csur.t.u-tokyo.ac.jp/seoul_061108/index-j.html

東京でも東京オリンピックを迎えるに当たって、首都高速道路を造るためにずいぶん川がつぶされたことを思い出した。それらの川はその後よみがえることはなかったな。

この話を書いていて、突然米国大統領選挙を思い出した。共和党から出馬しているジュリアーニ氏も、元々ニューヨーク市長として犯罪を劇的に減らしたり、街や地下鉄をきれいにすることに成功して、人気を博したのだった。

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2007年12月18日 (火)

人間ドック:逆転の発想

今日の午前中、1年ぶりの人間ドックに慶應病院の人間ドックに行ってきた。早稲田の方からは怒られそうであるが、これまでの経緯もあるので同じところの方がよいと思っているからだ。しかし、それにしても気が乗らない。この年になると毎年1回、場合によっては1年に2回行った方がよいと分かっていても、出来れば行きたくない。
今日も案の定、胃のバリウム検査の頃には、バリウムを飲む前から何となく気分が憂鬱で、終わった頃には疲労困憊だった。

。慶應に限らず、大半の人間ドックは、見てもらう人間の方が次から次へと場所を移動して、それぞれの機械や医師のいるところで検査を受けることになる。場合によっては、待ち行列(渋滞)が発生して、ずいぶん待たされるし、あるところはガラガラと言うことが起きる。

いくら人間ドックが嫌いといっても、根がコンサルタント、待ち時間が多いのでつい考え事をする。そしてふと思いついた。人間がまるでベルトコンベアの上の自動車のようにグルグル回るのは、なんか変ではないか。人間はそれぞれ一ヶ所にいて、検査機械と技師、医者、看護師の方が回る方が人間的だ。もちろん、多少は価格が高くなるのだろうが、今の仕組みの苦痛に比べれば、プレミアムを払っても良いかな・・・。
人間ドックが今のような仕組みになっているのは、もちろん効率が重要なためだと思うが、もう一方で患者より医者や病院の方がえらかった時代の名残かなとも思った。

そういえば、昔コンピュータがきわめて効果だった時代を思い出した。今から30年以上前のことであるが、IBM360という名機があったがきわめて高価で繊細な機械だった。その元を取るために人間の方が昼間だけでなく、夜も夜勤で働く人がたくさんいた。そして壊れてはいけないということで空調の効いた大きな部屋を占有していた。そこでは人間の方が寒くて仕方なかった。完全に機械が主役で、人間は従だった。
今のように安くて高性能なPCがふんだんに使える時代では考えられない話だ。
人間ドックも早くそうなると良いな。

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2007年11月23日 (金)

空間認知能力

数日前の日経新聞スポーツ欄「駆ける魂」というコラムにおもしろい解説記事があった。それは、昨年度のJリーグチャンピオンで、先日アジアのチャンピオンにもなった浦和レッズのミッドフィルダー長谷部誠選手についての記事である。

長谷部選手は中盤の選手で、レッズの要になる選手である。プレーも結構目立つ。しかし、その記事によると「同僚の田中達也のように俊足で突き進んでいくわけではない。懐の深い永井雄一郎のゆるゆるとしたドリブルとも違う。」それにもかかわらずドリブルするとするすると前に進んでしまう。そのわけを本人に聞くと、長谷部が「ああ、それは空間認知能力です」と答えたという。

始めて聞く言葉なので、大変興味を持った。長谷部によると「相手がどこどこに立っているかを瞬間的にとらえて、ではどこにどうボールを出していったら、次のスペースにうまく運べるかを見つけるんです」と言うことらしい。
これはビジネスにも全く当てはまる話だと思った。仕事が出来る人間は、「これを相手に言ったらこういうに違いない。そうしたら次はこう言おう。」、「こういう提案をしたら、こんな反応があるに違いない。そのためにこんな答えや二の矢を用意しておこう」といった具合に常に先を読んで仕事をしている。それに対して、仕事の出来ない人間はまず目の前の仕事をこなすのに手一杯で、それを終えるとほっと一息ついてしまう。そこに相手から次のタマが飛んでくるともう避けられない。

長谷部によれば、こうしたことが出来るためには、一つ一つのプレーの質を高めないといけないと言う。たとえば、「FWに縦パスを入れるとき、その背後にいるDFがどの方からボールを狙っているかを見極めて、どちらの足にパスを当ててあげるべきか」を考えるという。すごいことだ。
そうして、こうしたことがちゃんと出来たかどうか、毎回反省して自分のプレーの幅を広げていくそうだ。内田流に言えば、20の引き出しをたくさん用意していくと言うことになるのだろう。

仕事でも、空間認知力ばかり高くても一つ一つの仕事をきちんとこなせないとうまくいかないと言うことなのだろうが、ずば抜けた才能を持たない人にとっては、一つ一つの仕事の質もさることながら、こうした先を読んだ上で仕事をこなしていく能力というのもあったらありがたいに違いない。

私もこれからこの言葉を使わしてもらおうと思った。コピーライトはもちろん長谷部選手である。

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2007年9月21日 (金)

寄り道できる紙媒体

ネットの光と陰

私がTVが好きでなく新聞が好きなわけは、新聞や雑誌はテレビと違って自分が読みたい記事だけ、あるいは好きな記事だけを選んで読めることである。それに対して、TVは基本的に受け身で情報を受け取らざるを得ず、ある部分をすっ飛ばしたり、ある部分を考えながら深く聞くといった見方はできない。要するに情報を一方的に与えられる受け身のメディアのTVと主体的に情報選択できる紙媒体の違いである。

こんな話を日経新聞の岩丸さんと議論しているときに、彼がおもしろいことを言っていた。「ネットに比べて、紙媒体の利点は寄り道ができることだ。すなわち新聞でも雑誌でも自分が興味ある記事の隣や次のページにある全く関係ない記事に寄り道することができるという意味だ。それによって、思わぬ発見や発想の広がりが生まれる。」
大いに頷ける話で、ネットではそうはいかない。もちろん、本文中にリンクが張ってあれば、簡単にその記事に飛ぶことができるが、これは当たり前であるがリンク先はは本文に関係のあるものに決まっている。
逆に言えば全く関係ない記事に飛ぶのは難しい。従来より、紙媒体はパラパラめくりができるのが優れていると言われているが、この寄り道というのはパラパラめくりともまた違う。隣にふと目が行ってしまう。興味が引き寄せられてしまうという現象だ。この「寄り道がしやすい、あるいは周り近所に目がいきやすいのが紙媒体の一つの特徴というのは間違いなさそうだ。

岩丸さんの話を聞いていて、自分も小さい頃百科事典を読んだり、地図帳を意味もなく読んでいたことを思い出した。調べるために百科事典を見るのではなく、適当なページを開いて読んでいくのである。あるいは、何か調べたついでに隣の項目が気になってそちらをつい読んでしまうのである。また、地図帳を眺めていると私の場合は想像力がどんどん膨らんでいく。

今日の結論
人間たまには寄り道をしないと、ものの見方や知識が偏ったり、貧相になるな。

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2007年9月12日 (水)

情報とはマイナスのエントロピーである

昨日の話と似た「情報とはマイナスのエントロピーである」という話がある。昔、情報理論の専門家から聞いた話であるが、一言で言えば、優れた情報というのは不確実性を減らすことが出来るという話で、新しい情報を追加するものではないという話である。

エントロピーというのは、元々熱力学の用語で、簡単に説明すれば物質やエネルギーの乱雑度合いや偏り具合を表す。状態が無秩序で混乱したり、不確実性が高いことをエントロピーが高いと言い、逆に状態が整然としていたり、確実な状態であることをエントロピーが低いという。

これを情報理論に当てはめてエントロピーを「事象の不確かさ」と定義すると、ある情報によってその不確かさが減少すれば、その情報に意味があるということになる。これを情報とはエントロピーを減少させる方向に働くという意味で、「マイナスのエントロピー」と定義しているわけである。

難しい話はこれくらいにして、これをビジネスの世界に応用すると、優れた情報というのは選択肢が多いとき、すなわち複雑性が高いときに、その選択肢の幅を狭めてくれるものと言うことになる。
具体的に言えば、企業が抱えているある課題を解決するための選択肢(オプション)がABCと3つある時に、Bというのは効果がないのでやめた方がよいとか、Cは仮にXという事態が発生したときにこんなリスクがあると言った情報のことである。こうした情報が入ることで、選択肢からBは外したり、Cの優先順位を低くしたり出来るためにより的確にかつ素早い意思決定が出来ることになる。
逆にABCに加えてDという選択しもあるのではないかとか、Dを検討した方が良いという情報は選択の幅を広げてしまうので、エントロピーを高くしてしまう。もちろん、本当にABCでは不十分で、新たな選択肢を検討しなくてはいけない場合は別として、十分検討してきた最後の段階で、Dを持ち出すような上司は経営者失格である。でも世の中にはこういう上司って多いですよね。それなら最初から検討に加えておくべきですね。

話は多少脱線したが、私が言いたいことは、皆さんがもし情報というのは多ければ多いほどよいと考えていると、昨日のプロ野球のバッターみたいなことになってしまいますよ。それより、何をやめるのか、捨てるのかといった視点で情報を集める努力をしてみたらいかがですかという話です。

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2007年9月11日 (火)

並列列挙

先月ソウルでマーケティング協会のエグゼクティブセミナーがあったときに、神戸大学の加護野先生が講師をしてくれた話は以前にも書いたがそのときの話で「並列列挙」という話が印象に残っている。

野球で、次に打席に立つバッターに「今日のピッチャーは直球が走っているぞ、それにカーブもよく曲がるし、シュートも切れている。だから気をつけろ」とアドバイスする監督がいるが、そんなものはバッターとしては言われても困るだけで何の役にも立たないと言う。要するにアクションプランに繋がらないからだという話があった。このようにあれもこれもと並列に言い立てる、ものをしっかり考えていない自然体の監督のことをを並列列挙型と呼ぶそうだ。
これに対して戦略型の監督は、たとえば「直球は走っているから捨てて、変化球を狙って行け」というような具体的なアドバイス、すなわち無駄にするものあるいは捨てるものを教えてくれるのが役に立つと言っている。納得いく話である。

同じような話であるが、BCGの先輩コンサルタントの島田隆さんから教わった言葉に「戦略とは捨てることなり」という話がある。BCGに入りたての頃で、戦略の要諦をとても簡単に言った言葉として印象に残っている。元は誰かアメリカのえらい人の言葉らしいが、私には島田さんの言葉として記憶にとどめられている。
コンサルタントは戦略・戦略と軽々しく言うが、新しい戦略・提案は極端に言えば誰にでも考えることができる。しかし、企業にとって本当に大事なことは、やらないこと(事業・商品・仕事の仕方・取引先・研究など・・・)を決めることで、これが実は難しいという話だ。当時の私は何でもかんでも、分析したり、新しいことを考えることが得意だったので、この話は新鮮であると同時に、非常に腑に落ちた記憶がある。

コンサルタントではなく経営者になればさらに捨てる意思決定というのは難しくなる。というのも経営者となるとその事業は商品に対する思い入れやそれに従事する人の顔が頭に浮かんでなかなかやめる決断ができないものだ。

ということで、加護野先生、勝手ながら、この並列列挙という言葉を、コピーライトは加護野先生という前提で私の20の引き出しに入れさせていただきます。

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2007年9月10日 (月)

PS3とイノベーターズジレンマ

任天堂のゲーム事業が好調である。具体的には携帯型ゲーム機のDSと家庭用ゲーム機のWiiの両方がよく売れている。
それに引き替え、これまで圧倒的に強かったソニーのプレイステーション(PS)がPS3の新型になってから不振である。
PS3は、これまでのPS2に比べていろいろな点でさらにハイパフォーマンスになっている。たとえば、グラフィックスは並のPCではかなわないくらいの高性能であるし、そのためにソニーはIBM、東芝と共同で専用半導体まで開発している。いわゆるセルと言われる最新式の半導体である。
さらにDVDの次世代規格であるブルーレイディスクの再生機能もついている。もちろん通信機能もついていて、これ以上何が必要なのかと言うくらいの高性能である。

ところがこれが売れない。もちろん価格が5万円以上と極めて高いこともあげられるがそれ以上の原因がありそうだ。それは機能が高性能すぎて普通のユーザーから見ればオーバースペックな点である。
一方で、よく売れている任天堂のDSには技術的には新しいものがほとんどない。それにもかかわらず売れ行き好調な理由は、脳トレなどの新しいソフトを導入したことで、これまでのゲーム機ユーザーとは別の女性客や中高年層の新しいユーザー層を開発したことにある。
また、Wiiについても技術的に見るべきものは少ないが、コントローラーをラケットやゴルフクラブ代わりに使ってスポーツを楽しむなどの新しい使い方を提案したことがヒットの理由と見られる。

この現象をゲーム産業の視点ではなく、経営学の視点から見てみるとおもしろいことが言える。
ハーバードビジネススクールの名教授の一人であるクレイトン・クリステンセン教授の書いた「イノベーションのジレンマ(原題はイノベーターズジレンマ)」という本をご存じだろうか。
その本の中で、ある事業の中で圧倒的に優位を誇っていた技術が、一見稚拙で使い物にならない技術にやがて市場を奪われてしまう。さらにそれを分かっていても防ぐのがきわめて困難であるという説を提唱している。

このイノベーターズジレンマの構造を分かりやすく図示したものが下記の絵である。訳本の10ページから拝借している。

Innovatorsdilemma

ある事業で支配的な技術が進化を続けるとある時点で、ユーザーが必要とされるニーズを上回ってしまい、ユーザーから見るとオーバースペックになってしまう。一方で、新しい技術は最初は、ユーザーのミニマムのニーズも満たさない役立たずであるが、これも進化を遂げる中で、最初はローエンドのニーズを満たすようになり、やがてはハイエンドのユーザーのニーズすら満たすようになる。そうなるとかつての支配的技術は無用の長物となってしまうという話である。

ソニーから見れば、技術的には既にあるものをうまく組み合わせただけで、何ら最新技術を使っていない任天堂ゲーム機には負けた気がしないだろう。たぶん、技術的にソニーに追いつくことの出来なくなった任天堂が苦し紛れに、ありものの技術と新しいソフトを組み合わせただけに過ぎないと思っているに違いない。ある意味、これは正しい見方だと思う。

しかし、ユーザーニーズから見れば、任天堂の技術で十分であり、ソニーのPS3は高性能過ぎるのである。要するにリーダー企業であるソニーのPS3の技術がいつのまにかハイエンドユーザーのニーズすら上回るほどになってしまい、一方でおもちゃに近かったDSがローエンドユーザー(大人、女性)のニーズを越えることになってしまったというわけである。しかもこれが低コストときている。ソニーが対抗するのはきわめて難しい。
これがイノベーターズジレンマの恐さである。

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2007年9月 5日 (水)

レーザーディスクの耐久試験

オークネットという自動車オークションの会社がある。現在はブロードバンド回線や衛星回線を使った中古自動車のオークションを行っている。それまで実物を見るのが当たり前だった業界に始めて、ネットワークを使ったバーチャルなオークションを導入した企業である。インターネットがない時代に全国をネットワークして自動車オークションをやっていたから立派なものである。
いくら実物を見ないといっても、どういう車かを知ってもらうかというために何らかの映像が必要である。インターネットもないし、当時は通信回線で鮮明な画像を送るのは技術的にもコスト的にも難しかった。そこでオークネットが目をつけたのがカラオケや映画用として使用されていたパイオニアのレーザーディスク(通称LD)である。レーザーディスクに毎週の売り物を記録し、それを事前にオークション参加者(中古自動車販売業者)に送っておき、オークションにおける価格決めの参考にしてもらうという考えである。

ところが、実際にレーザーディスクに映像を記録する段階で問題が生じた。というのもレーザーディスクに収録された映像がきちんと記録されたかの耐久検査に時間を要するためにレーザーディスクが出来上がるのが2週間後になってしまうとパイオニアが言い出したからである。
そもそもパイオニアのレーザーディスクというのはカラオケなどで使われるときにテープや他の方法に比べて、何度使っても全く品質が劣化しないというのを売り物にしてきたので、製品として出す以上きちんと耐久品質検査をしないといけないというわけだ。カラオケでは同じ曲が何百回とかかるのでこの耐久性はきわめて大事な要素である。また、映画もビデオだと繰り返し見るうちにだんだん劣化してくるのに、LDではそれがないというのも特徴だった。

ところがオークネットから見れば、このディスクは翌週のオークションで1回しか使わないので、映像がきれいであれば耐久性は全く必要がないということになる。パイオニアの言い分を鵜呑みにしていたのでは、タイミングが遅すぎて中古車が出品できない。最後はオークネットの要望を聞いてもらったそうであるが、従来の映像事業のパラダイムから見ると譲れない耐久検査が、オークションという一過性の事業では全く必要がないというのもおもしろい話だ。

こうしたパラダイムの壁を破らないと新しい事業というのは生まれない。

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2007年9月 4日 (火)

バーチャルのリアル化

バーチャル世界が現実世界を脅かす

昨日頭出しをした話の続きである。ここ1年くらい、大変興味を持っているが、今ひとつ思考が進んでいないのがこのテーマである。一度きちんとまとめてみようと思いながら、なかなか思考が進まないので、このブログでアイデア出しをして皆さんの知恵を借りようと思っている。いつものパターンである。

何を考えているかというと、バーチャルな世界がどんどん発展すると、主たる生活の場をバーチャルな世界として、必要最小限の時しかリアルの世界に戻ってこない人がたくさん出てくるのではないか。その生活がどんな風になるのかにも興味があるが、それ以上に興味深いのはそうしたバーチャル世界の秩序は誰がどのように形成し、それが既存の国・行政・法律・現実社会とどのように対峙していくのかに興味がある。

ここで言うバーチャルをもう少しわかりやすく説明すると、PCを通じたチャット、映像視聴、オンラインゲーム(もちろんセカンドライフもここに入る)を長時間にわたって楽しんでいる現象あるいはそれにどっぷりつかった人のことを指している。たとえば、食事をする時とトイレに行く時だけリアルな世界に戻ってきて、後はすべてバーチャルな世界に住む人が出てきても不思議はないし、すでに結構たくさん予備軍がいるのではないかと思っている。
もちろん、今はまだバーチャルな世界で生計を立てられる人はごく一部で、かつリアルの世界を重視しながらバーチャルで稼いでいる人々が大半だが、そのうちバーチャルな世界だけで経済が成り立つくらい大きくなることは間違いない。すなわち、主たる生活の場がバーチャルなだけでなく、主たる稼ぎの場もバーチャルな人がたくさん出てくるのではないかと思う。そうなると、彼らにとって、どちらが現実でどちら仮の姿なのかが分からなくなりそうだ。これを私は「バーチャルのリアル化」と命名した。

こうした世界では、もちろん国境はない。となると、誰がどこの国ルールでマネジするのであろうか?もちろん既存の国毎の法律では裁きようがない。LINUXを開発したオープンシステム開発プロセスのような新しい秩序が参加者の間で生まれてくるのであろうか?しかし、仮に生まれてきたところで、それがリアルの世界すなわち各国のルールの範囲に収まっている保証はまるでない、というか必ずぶつかり合いが生じるであろう。結局は当面、治外法権になるのであろうか?
興味津々である。

皆さんはどう思いますか?

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2007年8月24日 (金)

海底のバドワイザー

久しぶりの20の引き出しである。コンサルタントになるための20冊のトップバッターで紹介した「パラダイムの魔力」という本に載っているネタである。

あるダイバーが50mの深さの海底に落ちているバドワイザーの缶を見て、いつもの赤と白の模様が見えたので不思議に思ったという話である。私はダイビングをしないし、あまりそちら方面の科学的知識があるわけではないので、海底に落ちているバドワイザーの赤白模様が見えて何がおかしいのかと思ったのであるが、実は光の屈折の関係で深さ50mでは赤の光は見えないそうである。そのダイバーは科学的知識があったが故に見えないはずのものが見えたために驚いたと言うことになる。

どうして見えないはずのものが見えるかと言えば、日頃頭の中にバドワイザーといえば赤と白と刷り込みが起きているために、本当はない色を頭の中で作り出してしまうという話である。人間は自分が日頃よく見ているものと違うものを見ると、それを勝手に修正して、元のデザインなり色に直してしまう能力を持っているそうだ。

パラダイムの魔力の著者によるとソ連のチェルノブイリの原子力事故で被害が拡大したのも、科学者たちが目の前で惨事が起きているはずにもかかわらず、こんなことが起こるはずがないと信じ込んでいたために対応が後手後手に回ったことが大きいと述べている。

とても恐い話である。というのも企業活動の中でこんなことはいくらでも起こりうる。たとえば、これまでの実績から自社製品は競争相手のX社より品質が優れていると思いこんでいると、たとえ競争相手がすばらしい商品を出してきても、それがデータの間違いであるとか、たまたま運がよかっただけで、相変わらず自社の方が優れているはずだといった思いこみは平気で起こる。
あるいはユーザーのニーズが大きく変わって、これまでの性能重視からデザイン重視に変わりつつある状況で、今は消費者が気まぐれであの製品が売れいているが、ブームが終わればまた性能重視に戻るはずだなんて言う思いこみもいくらでも起こりうる。
要するに目の前で起きている重要な変化を、自分のこれまでのフィルターで見てしまうことで平然と見逃してしまうと言うことになる。

この話を知って以来、それまで大事な話と思っていた「百聞は一見にしかず」は時として危険であると思うようになった。なぜならば人間は見たいと思っているものを見てしまう、すなわち「信じるものを見る」と言うことが分かったからである。思いこみの恐さである。

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2007年8月 3日 (金)

招かれざる客

またまたドーナツの話である。

さて、下の写真は昨日ソウル市内で見つけたダンキンドーナツの店である。

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ダンキンはどこにでもある。一方でミスタードーナツはまだ1店のようだ。興味がある人は下記のホームページをご覧ください。ネットで見る限り、人気なようだ。
ミスタードーナツ1号店 in Seoul

http://www.konest.com/data/gourmet_mise_detail.html?no=1565

昨日のブログで私はミスタードーナツが好きと書いたが、今日の講義で神戸大学の加護野先生がショックなことを教えてくれた。ミスタードーナツのターゲットセグメントは名刺を持っていない人だそうだ。具体的には女子高生・主婦・OLなどだ。彼女たちが快適に過ごすためには男性がいないほうよい、そこで男性を排除する仕掛けとして商品に男性が好きなものを置かないとか、景品も女性が好きそうなものに限るとか工夫をしているそうだ。と言うことは、私は招かれざる客ではないか。これまでそんなことを知らず、ミスドーに言っていた。おまけにポイントカードまで持っている。知らないと言うことは恐ろしいことだ。でもこれからも行き続けると思う。

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2007年8月 2日 (木)

クリスピー・クリーム・ドーナツ(続き)

菅生さん、コメントありがとうございます。コメント機能がこちらから使えないので、ここに書いてます。ソウルでは、ダンキンドーナツはたくさん見ますが、ミスタードーナツはまだ見てません。

ちなみに私はドーナツが大好きで、日本ではミスタードーナツによく行きます。あの薄いコーヒーも大好きです。日本では圧倒的に強いミスタードーナツであるが、アメリカではミスタードーナツは負け組で、勝ち組はダンキンドーナツの方であるという話をご存じだろうか。
日本に両社が入ってきたときに、ダンキンは西武と組み、ミスタードーナツはダスキンと組んだ。世間の見立ては、大企業と組んだダンキンが勝ち、ミスタードーナツは負けるだろうというものだった。しかし、結果は逆になった。こうした本国のシェアと日本のシェアが逆転している例はほかにもたくさんある。たとえばグローバルシェアトップのカミソリはジレットであるが、日本ではシックが強い。
これ以外にもヨーロッパでは大衆車であるVWが日本では高級車になっていたり、決してトップランクではないWestinが日本では、最高級ホテルになってしまったりするポジショニングの逆転も目につく。

今日の目から鱗の話は、ソウルのセミナーの講師であるアメリカのテンプル大学の小田部(こたべ)先生に教わった。小田部先生によるとイノベーター(最初にその製品を開発した企業)で勝者になった企業より、イノベーターでありながら敗者になった企業の方が多いそうである。一方で、フォロワーでありながら、マーケットリーダーになった企業の方が、フォロワーでは敗者になった企業より多いそうである。理屈では、新しい製品を発明した企業がリーダーになり、他社の製品をまねした企業の方が負け組になりそうであるが、事実はそうではないそうである。

小田部先生によると、教科書通りの例としては、
イノベーターがそのまま勝者:コカ・コーラ、CD/DVDのフィリップスとソニー
フォロワーで失敗:DECのPC、コダックのインスタントカメラ
一方、直感に反する例としては、
後追いで成功:IBMのPC、セイコー・シチズンのクォーツ
イノベーターなのに負け組:EMIのCT、RC Colaのダイエットコーラ
などがあるそうである。統計的にはこちらの方が多いというから、ビジネスはおもしろい。
なぜ、そうなのかは私が言うわけにはいかないので、興味ある人は小田部先生に聞いてください。

ドーナツの話が思わぬ方へ、脱線してしまったが、競争戦略の事例としてはドーナツもおもしろいのかも知れない。
久保田さん(私のゼミ生で、私にKrispyKremeを教えてくれた社会人学生)、一度研究してみてください。

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2007年7月31日 (火)

カジノのビジネスモデル

こちらにきて若干時間が空いたので、昨晩カジノを見学して来ました。誰ですが、好きで行ってきたのでしょうなんて言っている人は、あくまでも社会勉強ですよ。大変な賑わいでした。原則外国人だけのはずなのに、結構韓国語が飛び交っていたので、何か抜け道もあるのかも知れません。日本人だけでなく、中国人も結構いましたね。

さて本題である。カジノでは様々なギャンブルが行われているが、その中でもルーレットとブラックジャックは人気が高いゲームである。それではカジノがどうやって稼いでいるかをご存じだろうか?

たとえばルーレットの場合は、1から36個の数字の中から好きな数字を選んでそこにチップを置く。たとえば8という数字を選んでチップを張り、もしルーレット盤の玉が8の位置に止まれば、賭けたチップの36倍のチップをもらえるという仕組みである。これでは長いことやっていれば、必ず収支はプラスマイナスゼロに収斂してしまう。というのは、難しくいえば、確率的な期待値は1になってしまうからである。
これでどうやって儲けるのかというと、実はルーレット盤には0と00という数字もあるのである。となると、自分の賭けた数字にヒットする確率は36分の1ではなく38分の1になってしまう。すなわち、長いことやっていると、必ず38分の2ずつ損をしていくのである。
ということは、たとえば2分間に1回ゲームが行われるルーレット台で1回に10人の人が一人平均20ドルずつ賭けるとしよう。一回ごとに200ドルの掛け金であるから、胴元であるカジノは36分の2ずつ儲かることになる。約11ドルである。となると1時間に換算すると30倍の330ドルということになる。仮にテーブルが1日当たり10時間稼働するとすると3300ドルの利益が毎日上がる。1ヶ月では1テーブル当たり、99000ドルすなわち1200万円近いもうけになる。うーん、悪くない。
道理で飲み物が何でも只な訳だなんて感心している人はきっといいカモですよ。ラスベガスではいいお客さんにはホテル代を只同然にしてくれたり、部屋をアップグレードしてくれますから。

ところでである、何でこんなことを書いたかといえば、ソウルのカジノはもっとすごいのである。数字がヒットしてもチップが36枚返ってこないのである。35枚である。すなわち36分の3の儲けである。もっとすごいのは、4つの枠に一枚賭けたときである。ラスベガスなら36分の4すなわち9枚戻ってくる。ところがソウルでは8枚しか戻ってこないのである。すごい!、胴元の儲け率は38分の2ではなく、38分の6になっている。うわー、高収益!
先ほどの計算式で、計算してみてください、どれくらい儲かるか。

ブラックジャックの方は、ここまであこぎなことをやっているわけではないので、カジノのもうけは少ない、と言うことは顧客に有利というほどではないが、結構悪くない仕組みになっている。その話は機会があれば、また。

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2007年7月30日 (月)

ユーザーシーン

今日は神戸大学の石井先生がマーケティングにおける関係の重要性ついて講義してくれた。
その中で、消費者インサイトという言葉が出てきた。消費者が持っている当該商品に対するインサイト(洞察)のことだそうだ。企業は消費者の持つそのインサイトを理解することなしに、よい製品を提供したり、よいサービスを提供することは難しいという話だ。

この話を聞いていて、BCGでよく使われるユーザーシーンという言葉を思い出した。
ユーザーシーンというのは、どういう状況でその製品なりサービスを利用しているのかということである。
たとえば携帯電話のimodeなどのサービスは、どういう状況で使われることが多いかというと、ちょっとした空き時間に使われることが多い。いわゆるニッチ時間である。たとえば、電車を待つホーム、待ち合わせの時間、学校の休み時間などである。そうなると、接続に時間がかかる、メニューが複雑で目的のサイトまで到達するのが面倒くさいなどは致命的になる。一方で、目的地までの乗り換え案内や、近隣の飲食店情報などはきわめて有力なコンテンツになりうることがよく分かる。

石井先生の話の中にも、歯磨きのペーストの話が出てきた。あるメーカーが実際に家庭を訪問して、自社製品の使用状況を観察してみると、歯磨きチューブをコップなどに逆さまに挿して使っている家庭が多い。もちろん、横置きしておくと最後まで使い切るのが難しいためである。そこで、そのメーカーではチューブのふたを大きくして、頭を平らにして、縦置きができるようにしたという話である。

自社の製品が消費者やユーザーの間でどのように使われているのかを知らない、あるいは知っている思いこんでいる会社はきわめて危険だということである。

ということで、消費者インサイトとユーザーシーンというのは実は同じことだと悟った。皆さんからも、こんなユーザーシーンというのがあるというのを知っていれば、ぜひ教えてください。

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2007年7月29日 (日)

優れたブランドにはストーリーがある(続き)

以前優れたブランドにはストーリーがあるという話をしたが、今日また新しいネタを仕入れた。現在ソウルで行っているセミナーで前東大教授でブランドの第一人者である片平秀貴先生が語っていた話だ。
ベンツのシンボルカラーといえばシルバーという定説があるが、それがどうして生まれたかという話である。
1920年代にメルセデスがあるレースに出ようとしたら、750kgの規定を1kgだけオーバーしていたために、そのときの塗られていた白い塗料を急遽はがして、重量オーバーをまぬがれたそうである。塗料をはがしたために下地の金属がむき出しになり、シルバー色に輝いたメルセデスが矢のようなスピード走り回り活躍したそうである。
そこから、ベンツのシルバーアロー(銀色の矢)というのが、シンボルカラーになったそうである。

だからなんなのだという声が聞こえてきそうであるが、片平先生に言わせると顧客の頭の中に記憶に残るストーリーがブランドを形成するには大事だと言っていた。
私が言っていたことは、ブランドの専門家から見ても正しいのだと思って、意を強くした次第である。

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2007年7月10日 (火)

ガリバーのビジネスモデル

20の引き出しのリクエストが時々あるので、カテゴリーとして独立させて、これから少しずつ紹介していくことにする。これまで内田の情報術として紹介してきた記事の中にも20の引き出し関連がたくさん入っていたので、折を見てこのカテゴリーへ移しておきます。

ガリバーという中古車買い取りチェーンがある。テレビコマーシャルなどを見たことがある方も多いと思う。中古車の買い取りというときわめてユニークなビジネスに見えるかもしれないが、実は中古車の買い取りそのものは昔からある。一つは街の中古車販売店であり、もう一つは新車を買うときの下取りである。

前者の街の中古車屋さんで車を売るのは、一部の自動車に詳しい人か、新たに中古車を買う時に今乗っている中古車を下取りする人に限られる。というのも中古車屋さんというのは普通の素人が車を売ろうとした場合に結構敷居が高いからである。

後者はほとんどの人が車を売るという意識なしに売っているから、売ったと思っていない。講演などで、ガリバーの話をする前に車を売ったことありますかと聞くと2-3人しか手が上がらない。ところが、新車を購入時に自分の今乗っている車を引き取ってもらう、いわゆる下取りは立派な販売であり、譲渡証明書を用意したり、契約書を交わしたりしているはずである。

ガリバーがユニークなのは、従来の中古車販売店が持っている「中古車をなるたけ安く買いたたいて、出来るだけ高く売る」という小売業の発想がないことである。では、彼らはどのようなビジネスモデルかといえば、買った車は市場価格、すなわちオークション市場の価格で販売する。そして仕入れ値はその市場価格に適正なマージンと言うより手数料を載せるだけ(実際に市場価格より、手数領分安く買い入れることになる)という発想である。そのマージンは1台あたり10万円前後といわれている。
それに対して、通常の中古車販売業者の場合は、販売の方が目的であるから、売りやすい車は喜んで仕入れるが売れそうにない車は買いたたくことになる。そうしないと売れなかった場合の在庫コストや転売のコスト、その間の価格目減りコストなどをすべて自分でかぶってしまうからである。したがって、買い取る場合には出来るだけ安く仕入れようとする。小売業が売れる商品は多少仕入れ価格が高くても買うのに対して、売れそうにない商品はリスクを見込んで安く買いたたくかあるいは敢えて仕入れないというのと同じことである。

結果的にガリバーのやり方なら消費者から見ると、通常の中古車販売店に比べて、かなり高い価格で自分の車を買い取ってもらえると言うことになる。こうした小売業型ビジネスモデルから、手数料型あるいは消費者のための販売代理店型ビジネスモデルに転換させたことがガリバー成功の秘訣ではないかと思う。

一方で、新車ディーラーの下取りというのは、純粋な中古車の売買ではなく、あくまでも新車販売のための販促ツールと一体化しているので、価格が不透明というのが最大の課題になる。これについては、機会があれば別途述べてみたい。

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2007年6月14日 (木)

「痛い」と言わない動物たち

先日、旭川の旭山動物園に行ったときの話を紹介したが、その旭山動物園の小菅正夫園長が書いた「命のメッセージ」という本がある。
その中に大変素晴らしいことが書いてある。そのまま引用する。

『僕は獣医として多くの動物を見ましたが、動物は「痛い」と言いません。具合が悪いそぶりも見せない。僕が診察したときには平気な顔をしていたのに、翌日死んでしまったりする。僕はそれで悔しい思いを何度もしました。
でも、動物にとってみれば、「痛い」という顔をしたら食べられてしまうのです。具合が悪いそぶりを見せたら、草食動物にも見破られます。「あいつは具合が悪いから大丈夫だ」となめられ、警戒さえされません。』

とても怖いけれど、深いなと思いませんか。
彼はだから動物園の檻にいる動物がかわいそうというのは当たらない、なぜなら自然の中にいる動物は生きていくのもやっとの厳しい環境にいるのでどんどん死んでしまうのだとも言う。

この話を人間にたとえるとどういうことになるのかなと、つい考えてしまう。今の人間は動物園に暮らしているようなもので、自然で生き延びる競争力はゼロに近いだろうな。家でも、学校でも、会社でも、社会全般で人間って守られている。でも、その割にたくさんの人が死んでいるような気もする。これで保護されなくなったらどうなるのだろう。それともみんなで暮らしていくことで、楽して生きられる道(社会という仕組み)を作った人間は、やっぱり賢い動物なのかな。

実は4月の始め頃、タクシーに乗っていたら大変興味深い本の朗読が流れていた。たぶんNHKだったと思う。その中で、紹介されていたのが上の一節だった。残念ながら誰の書いた何というタイトルの本かが分からなかったが、これは旭山動物園の園長が書いた本に違いないと直感した。そして、今回アマゾンで旭山動物園で検索したら、小菅園長の書いた本に「命のメッセージ」と言うタイトルがあったので、これに間違いないと思って注文した。やはりあたりだった。何となくうれしい。
というわけでおまけとして、先日訪問した動物園でペンギンが泳いでいるシーンを撮影したので紹介しよう。
「penguin002.AVI」をダウンロード

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2007年6月 4日 (月)

宅急便と1万円

久しぶりに20の引き出しネタである。「電子マネー」の引き出しに入っている「宅急便と1万円」のネタはどう使うのかと言えば、これはセキュリティーをどこまで国や事業者が整備すべきかという問題を議論するときの材料として使う。

電子マネーや新しい社会システムで、犯罪に使われるのを防ぐためにやや過剰なまでのセキュリティーをかけることでかえって使い勝手が悪くなり、それが理由で普及しないことがよく起きる。たとえば、かつての電子マネー(モンデックスやVISAのスーパーキャッシュなど)なども使い勝手よりは安全性に重点を置きすぎたために普及しなかったのではないかと推察している。。
現在でいえば生体認証の銀行キャッシュカードがいい例で、確かにセキュリティーの度合いが高いかもしれないが、高すぎてかえって不便になってしまっている。たとえば技術的に互換性がないために他行で使えないとか、CVSのATMではほとんど使えないなどの不便さがあり、結果として全く普及していない。

私の持論は、セキュリティーを議論するときには、消費者の問題意識の高さを過小評価すべきでないという論者である。消費者は馬鹿ではない、リスクを自分で判断しているのだ。
たとえば、母親が田舎から都会に出ている子供へ衣料品や食べ物を宅急便で送るときに、1万円くらい忍ばせるのはよくある話である。それでは、母親は宅急便では現金を送ってはいけないことを知らないのであろうか。そんなことはない。逆に言えば万が一荷物がなくなったときに、荷物そのものの損害賠償は請求できるがお金は返してもらえないことを知っているのだ。それなのになぜ宅急便に現金を送るのであろうか?
それは彼らが利便性とリスクを天秤にかけて、それで利便性を取るという判断をしているのである。と言うのも宅急便というのが相当正確な物流手段で、送った物がなくなることは滅多にないということを知っている。かつ仮になくなったとして、1万円ならあきらめがつく。そのために、わざわざ別途銀行送金して5~600円の手数料を払ったり、現金書留という面倒な手段をとらないのである。

1万円送金して、毎回数百円の手数料を払うくらいなら、荷物があるときについでに送ってしまう方が、遙かに安くつくし面倒くさくない。そして間違いもほとんどない。すなわち、自分の頭の中でどれくらいの頻度で問題が生じ、それは自分の許容範囲かどうかを感覚的に計算しているのである。それが証拠に、毎月の生活費を都会で暮らす息子や娘に宅急便で物を送るついでに忍ばせている親の話は聞いたことがない。10万円を超える金額は、万が一なくなったときに許される許容範囲を超えているからである。
したがって、セキュリティ議論をするときに、システムや法制度で100%を目指すのではなく、消費者や利用者の自己責任と言うことも考慮に入れて仕組みを考えた方が、結果的に低コストでなおかつユーザー視点に立った者が出来るため、普及にもつながるというのが私の考え方である。

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2007年5月 7日 (月)

常識の罠

先月の私の履歴書はセブン&アイ・ホールディングス会長の鈴木敏文さんでした。
イトーヨーカ堂を伊藤名誉会長と二人三脚で日本一の小売業にした方だけあって、含蓄に富む文章がいくつも見られました。
その中で、同じ話を2度にわたって別の逸話として紹介してあったのが印象に残りました。それは一言で言えば常識の罠という話です。
一回目は4月20日付のイトーヨーカ堂が業革(業務改革の略)に取りかかったときの話です。イトーヨーカ堂が創業以来初めて減益に陥ったので、原因を調べるとユーザーニーズへの対応が出来ておらず、在庫が積み上がっていた。それで在庫を減らそうとしたところ、営業サイドから「在庫を減らすと売上げが落ちる」、「豊富な品揃えこそがスーパーの特徴だ」と大反対が起きたそうである。
2度目は4月25日付のIYバンク(銀行)発足時の話で、みんなが絶対うまくいくわけがないと大合唱したそうである。その時のことを鈴木さんは、「みんながいいと言うことは単純競争に陥り大抵失敗し、みんなに反対されることはなぜか成功する」と言っている。
しかし、在庫削減に成功したイトーヨーカ堂がスーパー業界でダントツの利益率を誇り、IY銀行(現セブン銀行)も設立数年で経常利益率が3割にも達する高収益銀行になっていることは皆さんもご承知の通りである。常識に挑戦することに大きなビジネスチャンスがあるが、それはまた誰もやろうとしないからであり、それをやり遂げるための洞察力(先見性)と実行力の両方を兼ね備えたリーダーは少ないためであろう。
ただし、個人的にはイトーヨーカ堂グループも今では自分たちが作り上げてきた常識の罠に今度は逆に囚われて苦労しているように見える。

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2007年4月13日 (金)

恐竜と隕石の話

ゼミ生の朝川君のリクエストに応えて、20の引き出しの「恐竜の絶滅は隕石衝突」を紹介しよう。これは以前にも取り上げたジョエル・バーカーの「パラダイムの魔力」の中で紹介されている。恐竜が地球に衝突した巨大隕石のせいで絶滅したというのは今日では定説になっているが、それ以前には恐竜は地球の環境変化に適応できなくなって徐々に絶滅したと信じられていた。
そうした中で、従来の常識に全く反する恐竜隕石絶滅説を提唱したのは、生物学者でも考古学者でもないノーベル物理学者のルイス・アルヴァレズだったそうである。彼は、恐竜が絶滅した時代の地層の中から、奇妙なイリジウム層を発見し、そこから恐竜の絶滅は地球に巨大隕石が衝突したときに起きたという仮説を立てた。しかし、従来の説を信じ切った、すなわち従来のパラダイムにとらわれた専門家たちはついにアルヴァレスの説を受け入れることなく、彼に名を成さしめてしまったという話である。
ここから学べる教訓は専門家であればあるほど自分たちの持っている既存の知識や常識にとらわれて、新しい考え方を受け入れるのが難しい。とりわけ新しい説も提唱するのが門外漢の場合には、既存のエスタブリッシュメントは拒絶反応を起こす可能性が高い。
企業が新しい考え方に接した場合や、競争相手がユニークな打ち手を打ってきた場合には気をつけるべき態度である。

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2007年4月 7日 (土)

柔らかなリーダーシップ(続き)

昨日紹介した柔らかなリーダーシップがなぜ良いのかと言えば、
①リーダーがすべて決めるのではなく、各自の自発性を尊重すると言うことは、すなわち一人一人に考えさせることになる。逆に言えば、現場や顧客接点で何か問題が生じたときや判断が必要なときに、現場が自分で考えて判断し、それがまた会社の方向性にそったものになっている可能性が高い。要するに反射神経(脊髄反射)で勝負できる。オペレーション仕事でマニュアル判断でよい場合別として、是々非々の判断が必要なときに全部本社、トップまで上がる企業に比べれば格段に変化対応スピードが速いだろう。あるいは顧客の満足度を高くできるとも言える。
②環境変化に対して強い
昨日も述べたように鋼の強さではなく、葦のようなものであるために強い風をかわすすべを知っており、ポキッと折れる心配がない。多少の逆風はやり過ごしたり、予想外の方向からの変化に対しても、柔軟に考えることが出来るリーダーである。
③後継者が育てやすい
カリスマ型の経営者をいだいたところは、その後の経営がうまく行かないことが多い。一つには前任者が偉大すぎて、後継者のなり手が見つからない。あるいは見つかったとしても、前の経営者と同じことをやろうとしてもうまくいかない。違うことをやっても以前のやり方が残像効果で残っており、うまく変われないなどの問題が生じる。
一方で、柔らかなリーダーシップの場合は、普通の人でも自分でも出来そうだと思い、なり手は比較的多く見つかる。あるいは、普通の経営者が経営しても大丈夫なような仕組みを作ることが可能である。ただし、柔らかなリーダーシップには柔らかなリーダーシップの難しさがあるので、誰が後継者になっても同じことが出来るとは限らない。

一方で、デメリットとしては、
①社員を強引にリードするのではなく、自発的に動き出すよう仕向けるのであるから、うまく回り出すまでにとても時間がかかる。
②ある程度の能力があり、自分で仕事を切り開いていこうという人間が少ないと、なかなかうまくいかない。そういう企業では、つべこべ言わずに俺の言うとおり働けの方がうまくいく場合がある。別の言い方をすれば、自律心のない社員が多いと成り立たないとも言える。

皆さんの意見を是非お聞かせください。

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2007年4月 5日 (木)

柔らかなリーダーシップ

20の引き出しのフォルダ解説のリクエストシリーズで、今回は「柔らかなリーダーシップ」である。これはまず、私の造語である。

通常、優れたリーダーシップといえば、クリアなビジョンを持ち、強力な力で組織を引っ張っていくカリスマ型の豪腕なイメージが強いと思います。これをカリスマ型リーダーまたは鋼のリーダーシップと呼びます。
例えば、日産自動車のカルロス・ゴーン、トヨタ自動車の奥田碩(前経団連会長)さん、GEの前会長ジャック・ウェルチなどマスコミに多く登場する経営者はほとんどがこのタイプです。
もちろん、企業存亡の危機にはこうした危機脱却のためのカリスマ型リーダーの必要性は否定しないが、私はあえてカリスマ型リーダーに異を唱えている。というのも、カリスマ型の経営者というのは、在職中は良いがその後に反動が来たり、大きな環境変化があったときの対応に問題があるような気がする。強引なリーダーシップで企業を大きく舵取りした結果、そう簡単には反対側に旋回出来ないのである。あるいは強いリーダーシップほど、ぽっきり折れてしまう可能性が高いと見ている。

代わりに、カリスマ型リーダーシップでないリーダーシップを「柔らかなリーダーシップ」と呼んでいる。

今日のように、環境変化の大きさとスピードが激しく、先が読めない時代には、カリスマ型の強引なリーダーシップより、実は風にそよぐ葦のような柔軟でかつ倒れそうで倒れないリーダーシップスタイルが求められていると思っている。
要するに、自分でがんがん主張し、強引に組織を引っ張っていくのではなく、人の話はよく聞くし、人にやらされ感を与えない。しかし、自分の信念はしっかり持っていてなかなかあきらめない。土俵際で踏ん張る貴乃花(先代)のようなリーダーである。そして、結局自分のやりたいことを実現してしまう。別の言い方をすれば、「お釈迦様の掌型」で人をリードするタイプとも言える。
こういうタイプのリーダーは目立たないし、マスコミ受けもしない(記事になりにくいということ)あるいはマスコミを避けているので世間に出てこないが結構いる。企業で言えば、エーザイ、一部の総合商社、リクルート、ユニ・チャーム、長島・大野・常松法律事務所などトップが前面に出てこなくても、組織に活力があり、業績が良い企業はその可能性が高いと思う。

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2007年4月 2日 (月)

20の引き出しのネタのため方

20の引き出しの中身や使い方を紹介してきたが、ここらで内田流ネタのため方を紹介しよう。ネタを貯めると言ってもあまりしっかりと作ってしまうと覚えたりしなければならず、こちらが使うと言うよりファイルに使われることになりかねない。そこで私の考えは、思い出せるものは使えばよいし、思い出せないものは使わなければよいまたはもともと使えないネタだったのだ思うことにしている。

具体的な方法は、下記にあげてあるように様々なソースからネタを拾い上げる。もちろんその場ですぐ使えるネタが手に入る場合もあれば、しばらく寝かしておくと熟成されてネタに昇格するものもある。あるいはいくつかの話を組み合わせてネタに仕上げることもある。

  • 新聞、雑誌
    • 切り抜く、破く 内田式透明袋ファイルへ
    • テーマ設定済みの場合
    • 何となく引っかかった場合
    • 線を引く、付箋を付ける、端を折る、書き込む
  • 人との会話、インタビュー
    • 必要に応じて、OKをもらう(外部で話して良いか)
  • 講  演
    • 例)サムソンの副会長から聞いた中途入社のはなし
  • 見た話
    • 企業を訪問して、現場を見たときの話
    • 街を歩いていて見聞きしたこと


新聞、雑誌、本のメモ術の所(「細身の優れもの」参照)でも紹介したが、私は線を引いたり、切り抜いたものをあとできちんとファイルしたり、デジタル化することはしない。面倒くさい上に、後で引っ張り出すのが大変だからだ。それより、これはおもしろい、役に立つと思ったら頭の中にマークするのである。街中を歩いていて気になる店があったら、そのとき軽く今度来てみようと思うのと全く同じ感覚である。それっきり忘れてしまうが、次にその当たりに来たときに思い出すこともあれば、あるいはイタリアンを食べたいと思ったときにふと思い出したりするというのと同じである。

 
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2007年3月30日 (金)

キャプテンの唇

20の引き出しの一つ「リーダーシップ」に入っているフォルダで「キャプテンの唇」というのにリクエストがありましたのでお答えします。
キャプテンの唇というのは、本の題名は忘れてしまったのですが、アメリカのコンピュータメーカーのデータゼネラルという会社を創業した社長の伝記に出ていた話をヒントに私がつくった話です。ちなみにデータゼネラルというのは、20年くらい前にはやったミニコンを作っていた会社で、当時はミニコン・ナンバーワン企業のDEC(IBMをしのぐエクセレントカンパニーとしてもてはやされていた会社です)を追いかけている大変元気な会社でした。今はどちらの会社も買収されてなくっています。

さて、本題です。リーダーシップの大事な要素の一つに部下を育てることがありますが、そのためには、部下に大事な仕事を任せて、経験させ、痛い目に遭わせるくらいで始めて本当の力がつくという考えがあります。この話をたとえ話にして、分かりやすくしたのが、「キャプテンの唇」です。と自分は思っています。

具体的には船長が航海士を育てるときに、本当に優れた船長というのは、平穏な大海原ではなく、危ない岩礁がたくさんあるような海であえて若い航海士に舵を任せるそうです。そして、実際に任せたらどんなに危ない操船をしようともぎりぎりまで彼に任せ、どうしても口出しをしたくなったら、実際に声を出す代わりに唇から血がにじみ出るくらい自分の唇をかみしめてがまんせよと言っています。もちろん、下手をすれば難破してしまうわけですから、最後の最後には自分で取って代わる必要もあるわけです。育てるために痛い目にあるまで任せて学習させることと、実際に船の安全を確保しないといけないこととのバランスをどこで取るかは、きわめて難しい問題です。でもこれが、下を育てるだけでなく、リーダーも育てることになると思います。

自分の経験でも、若い人あるいは次の人に任せたつもりが、結局気になって気になって、つい「ああしろ、こうしろ」、あるいは結局ここから先は自分に任せろという経営者がたくさんいます。これでは人は育ちません。でも任せた若い人が間違えると会社が危機に瀕します。次世代の経営者、あるいは自分の後任を育てるにはどうしたらよいかという議論のときにこの話を使います。

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2007年3月26日 (月)

当たらないジャブは効果が分からない

少し前の20の引き出しの使い方のところで、「券売機より精算機」の話をしたが、ビジネスはやってみないと分からない部分があるというネタで同様な事例としては、「携帯を家で使う子供たち」の話がある。
携帯電話が出始めた頃は、携帯電話は出先や移動中に使うもので、家では固定電話を使うというのが常識であった。もちろん料金の問題もあるが、頭の中の優先順位がそうなっていた(先入観)。ところが子供たちはそんな使い方をしなかった。家でも友達と話すのに携帯電話を使うし、パソコンの電源が入っていて無料のe-mailが使えるのにわざわざ有料の携帯メールを使う。私などは不思議で仕方なかったが、今や大人も同様の使い方である。
また、ゲーム機というのは子供の機械、あるいは若者のものという常識をぶちこわしたのは任天堂のDSライトである。これも頭を良くするソフトの影響と思われるが、大の大人が電車の中でいすに座り、吊革につかまりゲーム機を操作しているのを見て奇異だと感じる私はたぶん時代遅れなのでしょう。

3月25日付の「峠の豚」に対する名無しさんのコメントにもありましたが、これらのネタは使ってなんぼです。私も見つけたネタや思いついたネタはなるべく早い時期に一度は使ってみます。なぜかと言えば
1)そうしないと忘れてしまう
2)実際にどれくらい使えるかの効果測定
3)改良
の3つがあります。

一番目は説明不要と思いますが、二番目はいくら自分でおもしろい話・説得力のある話と思ってみても相手に通じないと意味がありません。そのために使ってみるのです。それによって思わぬ効果がある場合もあれば、きょとんとされて意図が通じない場合もあります。もちろん相手にもよると思いますので、2~3度試してみることもありますし、一度でお蔵入りする場合もあります。そうやって生き残ったネタがフォルダにファイルされるのです。もちろん、すべてバーチャルで行ってますので、ファイルされるまではどこにおいてあるのかなんて聞かれても答えられません。正確に言えばテンポラリーファイルになっているのだと思いますが、自分の頭の中では最初から同じフォルダです。
私が若いコンサルタントに言っている話で、「ジャブは当たらなければ効果が測定できない」というのがあります。ここでジャブというのはボクシングの弱いパンチのことですが、いくら繰り出しても相手にかすりもしなければ、それがどれくらい威力があるか見当がつきません。こちらが威力があると思っても、相手は蚊が留まったくらいにしか感じない場合もあれば、思わぬ威力で相手が倒れてしまう場合もある。それを打つ前からああだこうだ、くよくよ考えるより、相手にぶつけてみろ。それで痛い目にあって始めて、次からどれくらいの手加減で打てばよいか分かるよと言っているのと同じことです。
三番目は、もちろん使ってみると、もう少しここは丁寧に説明した方がよいとか、ここは表現を変えようとか、あるいはこういう場面ではこのネタよりこっちのネタの方が説得力があるとか考えるわけです。


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2007年3月25日 (日)

峠の豚

20の引き出しのフォルダの内、リクエストが3つありました。「峠の豚」「キャプテンの唇」「柔らかなリーダーシップ」です。
今日は、「峠の豚」を紹介しましょう。これはジョエル・バーカーの「パラダイムの魔力」という本の最後に出てくる逸話です。ある男の人が自慢の愛車ポルシェでいつもの峠道を気持ちよく上りながらドライブしていると、見通しのきかないカーブで反対側から女の人の運転する車が蛇行しながら降りてきて、今にも自分の車にぶつかりそうになった。すれ違いざまに女の人は「ブタ」と大声で叫んだので、こちらも頭に来て「ブス」とののしり返した。少しはすっーとしてカーブを曲がったらそこにいたブタにぶつかったいう話です。男の人はへたくそな女の人にののしられたとばかり思い、向こうが悪いのに何でそんなことを言われないといけないのかと思い、ブタとののしられたのでルールに従いブスとやり返したわけです。しかし、実際には女の人は自分が危ない目に遭いながらも、相手に教えてあげようと思い、親切で「ブタ」といってくれたわけです。これは自分の思いこみや常識で対応すると、思わぬ落とし穴がありますよ。あるいは自分があるパラダイム(ルールのようなもの)に囚われていると、なかなか新しいパラダイムが理解できませんよといった教訓を話すときに使います。

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2007年3月24日 (土)

フォルダのタイトル

リクエストにお答えして

20の引き出しに関して、質問とリクエストがありましたので、お答えしていきます。
まず、フォルダ名がユニークなのは、覚えやすくするためかという質問がありましたが、イエスでもありノーでもあります。

イエスの理由は、以前にも言ったように、20の引き出しは頭の中の仮想の引き出しであり、実物があるわけではない。また、書いたものなり、デジタル情報なりが取ってあるわけでもない。そうなると記憶だけが頼りと言うことになる。しかし、これもいつもきちんと覚える努力をしていると、とても疲れてしまって、いざというときに使えない。そこで必要なときに何となく思い出すために語呂合わせ的な名前をつけて覚えやすくするのである。歴史の年号を「良い国(1192)作ろう鎌倉幕府」と覚えるのとかなり似ているかもしれない。ただし、単なる語呂合わせではなく、必ず中身に関連したものにしておく。
一方で、覚えやすさだけではないという理由は、誰かにこの話をするとき、唐突に話すより、何々の話をしますと言ってから話し始めた方が効果的なことが多いからです。そのときに、相手がなんだかおもしろそうだなと思ってくれることが大事なために、結構しゃれた名前をつけるのです。

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2007年3月22日 (木)

20の引き出しの使い方

今日は20の引き出しの使い方の話である。20の引き出しはいつ、何のために使うのだろう?
一つにはコンサルタントとしてお客さんと話をしているときに、相手を印象づけたり、あるいは関連するテーマに関する自分の考えを述べるために使う。
もう一つは、こうしたネタを大勢でディスカッションする際に、相手の質問に答える時や自分たちのの理論を裏付けるために、頭の中から引っ張り出してきて使う。
要するに1対1のディスカッションか、あるいはミーティングの最中に使うことが多い。
こうした話は相手の注意を引きつけるときにも有効であるが、自分の言いたいことを補強するときに、実際の事例を紹介するのはきわめてパワフルな説得材料となる。アナロジー(類似事例)の活用である。
もちろん私の場合は、講演のネタや書籍の材料としても使っている。一粒で何度もおいしいのである(このひねりはグリコを知らない、若い人には通じないかも)。

たとえば前々回に紹介した「電子マネー」の引き出しに入っている「券売機より精算機」というネタは、JR東日本から聞いた話である。Suica(乗車券や定期券として使用できる電子マネー)を導入した当初はお客さんが、残額が少なくなってくると、駅の改札口の前に置いてある券売機で事前にチャージするだろうと考えたそうだ。ところが実際にSuicaが導入されてから分かったことは、お客さんはたとえ残高が少なくなっていても乗る駅ではチャージせずに、降りる駅で精算機のところでチャージするケースが圧倒的に多いことが分かったそうである。これも考えてみれば、乗車する区間の運賃がいくらかを知らずに乗れるのがこの手の電子乗車券のメリットだとすれば、まずは乗ってしまうと言うのは自然な行為である。次に足りないかどうかに気にせず降りた駅の改札口を通ろうとして「ブー」っとならしてしまう人と、ぼちぼち足りないかもしれないから改札口を通る前にチャージしておこうという人に別れる。いずれの場合も改札口の外にある券売機ではなく、改札口より中にある精算機を使うことになる。ということで、急遽駅構内のSuicaをチャージできる精算機を増やすことにしたそうである。最近JRの駅から券売機が減っていることに気がついた人はいるだろうか?

これなどは、電子マネーのような新しいことをやろうとした場合、最初から完璧にすべてを準備しておくことは難しいので、まず実行してみて、それから軌道修正していくという考えがビジネスにおいては大事であるといった使い方をする。一言で言えば、物事はやってみないと分からないことがある。まずやってみて、そこから学ぶ姿勢が大事ということになる。これをそのままの文章で言っても迫力もなければ、説得力にも欠けるので逸話を使うのである。

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2007年3月20日 (火)

引き出しの中身

昨日は引き出しの大見出しと中身の一例を紹介したが、今日はさらに詳しく引き出しの中を紹介しよう。

例えば「パラダイムシフト」と「リーダーシップ」の引き出しに入ってるフォルダ名は以下のようなものである。

引き出しの中身例
フォルダの名前(ネタ)

パラダイムシフト

  • ピークを過ぎた国日本
  • キリンビール
  • シャープの液晶テレビ
  • NOVA 対 ベルリッツ
  • 1日に何回冷蔵庫開けますか
  • オークネットのLDinパイオニア
  • ガリバーのビジネスモデル
  • 恐竜の絶滅は隕石衝突
  • 海底のバドワイザー
  • 電話交換機の発明者
  • エアバッグの発明者
  • チェスの名人
  • 峠の豚


リーダーシップ

  • クラウゼヴィッツ(3つの要件)
  • オフト監督の牛
  • 阪急百貨店椙岡社長
  • トステムの在庫
  • NYのスターバックス
  • 柔らかなリーダーシップ
  • ゴーンの社内コミュニケーション
  • 優れたリーダーの分析(HBR)
  • 社長の時間の使い方
  • チャンピオンとゴッドファーザー
  • キャプテンの唇
  • 福原さんの北海道


こちらもパワーポイント形式のファイルも用意しておきます。

「hikidashi2.ppt」をダウンロード

たとえば、この中で「一日に何回冷蔵庫を開けますか」というネタは、若い人を調査すると1週間にCVSに20回行くという人が結構いる。これは1日3回もCVSに行くという話である。そうなると自分で冷蔵庫滅多に開けない中高年男性が冷蔵庫から自分でものを取り出す回数よりよほど多い。こうした中高生にとっては、冷蔵庫に品物を貯めておくという感覚がない。それより、欲しいものは欲しいときにCVSで買えばいいと言う発想である。冷蔵庫だと当たり前であるが在庫が限られてしまうし、へたをすると買ったものが無駄になってしまう。それより自分の欲望をジャストインタイムで利用できるCVSの方がよほど便利な冷蔵庫になるという訳です。
誰です、俺は冷蔵庫にいつも冷えたビールが入っていないと我慢できないと言っているのは?私もその派ですが、こうした人間にはなかなか若者向けサービスを考えるのは難しいかもしれませんね。といった風に使います。

もし表の中で、このネタは教えて欲しいというのがあれば、喜んで紹介するのでリクエストください。ただし一つの引き出しにつき2-3個はパブリックスペースでは話せないネタがあるので悪しからず。

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2007年3月19日 (月)

20の引き出しにはどんな見出しがついているのか

先日も伝えたように20の引き出しはバーチャルであるから、実際に存在するわけでもないし、見出しが張ってあるわけでもない。あくまでもバーチャルである、ということは常に変化すると言うことでもあり、その時々の私の興味のあり方で、引き出しのタイトルすなわちネタのくくり方が変わってくる。

ここでは、最近の例を紹介しておく。くどいようであるが、実際には存在しないバーチャルな見出しを無理矢理こんなものかなと切り出したものである。(脳内知の形式知化とでも呼ぶべきか)

20の引き出し
最近の見出し(大テーマ)

  • 仮説思考
  • 論点思考
  • 右脳発想
  • ビジネスモデル
  • パラダイムシフト
  • 異業種格闘技
  • リーダーシップ
  • 経営者育成
  • 創造性
  • マーケティング
  • 電子マネー
  • Web 2.0
  • コミュニティ(CtoC)
  • 企業再生
  • ベンチャービジネス
  • BRICs(特に中国、インド)
  • サッカー
  • 通信販売
  • ピークを過ぎた国日本

参考までに上の表をパワーポイントにしたものが下のファイルです。

「hikidashi.ppt」をダウンロード 

さらにそれぞれの引き出しの中にどんなフォルダ(ネタ)が入っているかは次のような感じである。
例えば電子マネーという引き出しの中には、「スイカのタッチアンドゴーの裏話」、「券売機より精算機」、「宅急便と1万円」、「マイレージは悪魔の囁き」、「フェリカの漁夫の利」などのフォルダーが入っており、顧客との話の中で披露しながら、より深い議論へ入っていく。
大見出しに相当する「引き出し」の方は相当意識して、このテーマについて情報収集しようとか、こういう引き出しを作ろうと意識するが、フォルダの方はまずネタありき、すなわちおもしろい話を先にマークしてそれからこれは何に使えるか、すなわちどの引き出しにはいるかを考える。時にはどの引き出しにも入りそうもないネタもあれば、「オフトの牛」のように複数の引き出しに入るネタもある。

お詫び:昨日の嶋口先生に対するコメントで私淑としたのは間違いでした。私淑とは直接教えを受けたことのない人に使う言葉で、直接教えを受けた人には親炙(しんしゃ)という言葉を使うそうです(広辞苑より)。教えていただいた、大聖さん、ありがとうございました。いや、日本語を知らないことがばれてしまいました。

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2007年3月16日 (金)

20の引き出し

私のとっておきの情報活用術を紹介しよう。『20の引き出し』である。過去20年近くやっている方法で、とても役に立っている秘蔵中の秘蔵のノウハウであると本人は信じている。
ただし、お断りしておくと、いくら人に話してもあまり受けない。理由は分からないが、そんなことが出来るのが不思議でとても無理と思うのか、やっても役に立ちそうにないと思われるのかのどちらかであろう。
でも自分ではこれが一番と思っているの紹介する。20の引き出しとは、頭の中の仮想の引き出し(キャビネット)のことである。この引き出しの中にはさらに1つにつき20くらいのフォルダ(ファイル)が入っている。ということで、計算すると20×20=400くらいのファイルが頭の中に収納されている。

一つ一つのファイルの例をあげよう。たとえば「オフトの牛」というフォルダがある。これは「リーダーシップ」という引き出しの中に入っているネタである。どんなネタかというと、ハンス・オフトというサッカーの元日本代表監督の書いた日本サッカーの挑戦という本の中に、こういうくだりがある。リーダーにとって大事な能力に先見性がある。ただし、これは勘ではない。経験に基づいた科学であるといっている。
そしてその具体例として、向こうから牛の行列がやってきたときに、その顔だけ見て、その牛のしっぽがどんな形をしているのかを当てるのが先見性だといっている。牛が通りすぎた後で現物のしっぽを見て言うのは、誰でも出来る。リーダーはそれではダメだ。顔の形の特徴を見ながら、顔の形としっぽの形の因果関係を見つけ出すのが、先見性だ。もちろん最初は当たらない、しかし何度も繰り返す内に分かるようになると主張している。オフトの主張によれば、リーダーの先見性は観察と検証によって学習できるとしているが、全く同感である。

このネタはどこで使うかと言えば、経営者とリーダーの資質について話をするときや、先行き不透明な時代に必要な先見性をどう身につけるか、「先見性は先天的なものか後天的にも身につくか」、「勘か科学」かなどを議論するときに引っ張り出して使う。

しかし、この話は同時に仮説思考そのものでもある。故に同じ話が「仮説思考」の引き出しにも入っている。こちらでは仮説思考をどうやって身につけるか、あるいは仮説構築能力は先天的なものかどうかの議論で使用する。
これがバーチャルなファイリングの良いところである。ネタは一つでも、いくつもの引き出しに使えることがある。

とりあえず、今日はここまで。

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2007年3月 3日 (土)

優れたブランドにはストーリーがある

ソニーも創立当初はブランドが確立できずに苦労ししたそうだ。そうした時代に、アメリカ市場で相手先のブランド名での大量注文が入った。喉から手が出るほど、その商売が欲しかったが、それを受けると自社ブランドが確立できないために、創業者の一人である盛田昭夫は敢えてその話を断ったという。

日本人女性に人気のあるルイヴィトン(LV)のバッグにもおもしろい話がある。LVのバッグを購入した方に購入した理由を聞くと、丈夫で長持ちし、壊れても修理可能なことから、実は経済的にも決して高くないのだと答えると人が結構いる。私はこの理由を信じているわけではないが、一方で、こんな話がまことしやかに伝えられている。「LVは元々、金持ちの旅行用の鞄メーカーであり、馬車や船で運ぶために頑丈にできていて滅多に壊れない。それが証拠に沈没したタイタニックから引き上げられた衣装鞄の中の衣装が濡れてなかったという逸話がある。」真偽のほどはともかく、LVの頑丈さ、ひいては品質の高さを象徴する逸話となっている。

ボルボは昔からきわめて安全な車であるということを売り物にしている。その安全性を訴えるために車を10台くらい積み上げてへこまないことを見せるCMを作ったことがあった。そのCMが実はやらせだったことが後から分かり、結局みそをつけたが、それほどまでにして安全性を訴えたかったのだと思う。

大変優れたサービスで知られるリッツカールトンホテルでも、顧客の忘れ物を    従業員が飛行機で追っかけて届けた話などが知られている。

こうした話から言えることは、優れたブランドを創るためには、単に歴史があるとか、品質が高いとか、優れたサービスを提供するだけでは不十分であり、顧客の琴線に触れる何かが必要であると言うことである。

このように考えると、iPodがヒットしたのも製品が優れていたことも以上に、世界で始めてパソコンを創ったと言われているスティーブン・ジョブズの存在が大きいと思う。
ソニーのウォークマンも、技術者が録音ができないテープレコーダーなんか売れるわけがないと言ったのに大して盛田昭夫さん(だったと思いますが)い良いから出せと言ったという話があります。あるいは、アメリカで初めはサウンドアバウトの名前で売り出したが売れずに、和製英語のウォークマンを使ったら爆発的に売れるようになったという話も有名です。

皆さんも自分が携わる商品やサービスを真のブランドにするためのストーリーを考えてみてはいかがでしょう。といっても自分で言い出しても広まらないとは思いますが・・・。

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2007年2月26日 (月)

企業にスターは必要か

スポーツジャーナリストの二宮清純氏は私のお気に入りの作家である。
コンサルタント必読書の「勝者の思考法」など、数多くの著作を世に出しているが、今日は彼が週刊ダイヤモンドに連載中のコラム「勝負のバランスシート」からである。

最新号である2007年3月3日号のタイトルは「スター不在を放置する球団は”お薦めネタ”のない寿司屋」という刺激的なもので、中身は最近のプロ野球球団で客を呼べるスター選手を持たない球団は、お薦めのネタを持たない寿司屋と一緒で客が足を運んでくれない。だから職務怠慢であるという主張している。たとえば横浜球団には巨人から移籍した43歳の工藤公康がいる。あの年で頑張っているなということになって客を呼べるそうである。それに対して、ヤクルトには岩村が抜けた後のスターがいないと言っている。私はサッカーフリークで野球のことはよく知らないので、結果がその通りになるかどうか分からないが彼の主張には共感できる部分がある。

この話が企業に当てはまるかどうかだが、私の考えはイエスである。確かに業績の良い企業やマスコミで何かと話題なる企業にはスター経営者がいる。トヨタ自動車であれば、この間まで社長・会長を務めた奥田碩さん、業績絶好調のキヤノンの御手洗氏などである。あるいはインスタントラーメンの日清食品にも安藤百福さんがいた。
しかし、企業の場合は人間以上にスター商品、すなわちヒット商品やユニークな商品を持つかどうかが重要なのではないかと考える。たとえば最近の例で言えば、アップルである。本業のパソコン事業ではウィンドウズパソコンに完敗し、会社存続の危機もあったほどである。ところが、iPodというヒット商品が出て、会社全体が生き返った。一方でソニーである。かつてはウォークマンやプレーステーションというヒット商品で世の中に元気を与え続け、多くの固定ファンをつかんでいた。しかし、今のソニーからは残念ながら新しいスター商品が出てこない。これではソニーという企業は存在意義をなくしてしまう。

もちろん、BtoBの産業財の会社にヒット商品は必要ないのではという意見もあろう。しかし、産業財の場合は世の中全体に知られているヒット商品である必要はなく、その業界・顧客にのみ支持されているヒット商品があればそれでよいのではと考える。
考えてみれば、コンサルティング会社も一緒でかつての大前研一さんや堀紘一さんのようなスターか、あるいはこのサービス、このテーマだったら誰にも負けないというヒット商品が必要で、そのどちらもないコンサルティング会社は苦労するのではないだろうか。

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